あかりちゃんがんばる!

ToHeart:神岸あかり
「あかりちゃん、浩之ちゃんとお買い物に行く」







「あかり、ちょっと買い物に付き合ってくれねぇか」

 いきなりそう言う浩之ちゃん。
 そんな……急に言われても、心の準備ってものが……。

 ぽこ。

「いた」

「ただの買い物に、心の準備も何もねーだろ」

 ど、どうして私の考えてることがわかっちゃったんだろう?
 ……もしかして、愛?

「馬鹿、お前は考えてることがすぐに顔に出るからだよ」

 けど、誰でもわかるってわけじゃないよね。
 浩之ちゃんだから、わかってくれるんだよね。

 ……浩之ちゃんはそんなことまで私の表情から読み取ったのか、ちょっと
照れているみたい。
 ふふふ……そういうところは変わらないね、ずっと。

「ったく……で、どうなんだ?」

「うん、いいよ」

 私は勿論、迷わず即答。
 珍しいね、浩之ちゃんから誘ってくれるなんて。

「よし、じゃあ行くぞ」

「うん」

 浩之ちゃんの家を出て。
 ちょっと私の家に寄って準備をして。
 思いがけずに、ちょっとしたデート。

 うふふ……今日はちょっと、甘えちゃおうっと。






 ちょっと歩いて、街に出て。
 2人でショッピング街を歩いていた時。

「あのなぁ、あかり……」

「何? 浩之ちゃん」

「お前、そのクマ好きは何とかならないのか?」

 浩之ちゃんは、私のくまさんリュックを指差しながら言う。
 どうしてかな? こんなに可愛いのに。

「そんな目つきの悪いクマ、本物だってそうそういないぜ……」

「そんなぁ……浩之ちゃん、くまが嫌いなの?」

「そのクマは嫌いだ」

 そんなぁ……これ、結構お気に入りなのに。
 浩之ちゃん、どうして私のくまさんを馬鹿にするんだろう?

 あ……ひょっとして。
 私があまりにもくまさんを好き好きって言うから、浩之ちゃん妬いてるん
だぁ〜。

 もしそうなんだったら、嬉しいな。
 浩之ちゃんって、そういうの表にあんまり出さないから。

「おい、変な想像するんじゃねえ」

 ぺち。

「いた」

 もう。






「お、あそこだ」

 浩之ちゃんが見つけたのは、可愛い小物屋さん。
 ……あれ? 浩之ちゃん、小物なんかに興味あったんだ。

 私、知らなかったよ。
 藤田浩之研究家として、ちょっとショック。
 でも、意外な一面が見れて嬉しいかも。

 ぺち。

「いた」

「か、勘違いするなよ? 先輩にあげるプレゼントを買いに来たんだ」

 なぁんだ。
 って……えっ?

「先輩って、来栖川先輩のこと?」

「おう。先輩、来週誕生日なんだってさ。いつも世話になってるし、たまに
お礼してもばちは当たらないだろ」

「……そう……だね」

 何だか私、複雑な気持ち。
 浩之ちゃんと一緒にお出かけ。

 とっても嬉しい。

 でも、それは私じゃない娘の為に。

 ……何だか寂しい。

「でも、俺が買えるものなんて知れてるからな……先輩は色んな人から高い
物もらうんだろうなぁ……安物だと、やっぱ白けるよな」

「そ、そんなことないと思うよ?」

 私は、浩之ちゃんの眼を見つめながら言う。
 私の気持ちを悟られないよう、必死に頑張りながら。

「浩之ちゃんが選んだものなら、きっと来栖川先輩も喜ぶよ? 値段なんて、
そんなの関係ないよ」

 何だか驚いたような、浩之ちゃんの顔。

 私だって驚いてるよ。
 他の娘の為に、浩之ちゃんを応援してるなんて。

「そ、そうか?」

「うん、そうだよ」

 私の言葉で自信を得たのか、浩之ちゃんはお店の中に入って行く。

 ……でも、私はその場に立ち尽くしていた。
 きっと浩之ちゃんは、私に『どんなのが先輩喜ぶかな』って聞きたかった
んだと思う。

 『女の子同士だから』。

 酷いよ。
 残酷だよ。
 私の気持ち、全然伝わってなかったの?






 数分で浩之ちゃんはお店から出て来た。
 その手には、小さな紙袋を提げて。

 浩之ちゃん、どんなのを選んだんだろう?
 浩之ちゃん、どんな気持ちで選んだんだろう?

 私じゃない……他の娘の為に。

「おい、あかり。どうした?」

「えっ? ……ううん、何でもないよ」

 ……今の、嘘。
 何でもないはずがないじゃない。

「そうか? 何だか暗いぞ、お前」

 誰のせいなの?
 いつもはわかってくれるのに、こういう時には鈍感なんだから。

「ま、用事も済んだし。あかり、付き合ってくれたお礼にヤックおごるぜ」

「私、今日はいいよ……」

「あ? 何だよ、調子でも悪いのか?」

 違うの。
 今、そういう気分じゃないの。

 わかってよ、浩之ちゃん。
 気付いてよ、浩之ちゃん。

 私の気持ちに……。

「ううん、何でもない……」

 今の私は、そう言うだけで精一杯。
 鈍感な浩之ちゃん、それでも心配はしてくれるみたいで。

「仕方ないな……今日は、もう帰るか」

「うん……」

 ほんの数分前までは、とっても幸せだったのに。
 私はいつもより、ほんのちょっとだけ離れて浩之ちゃんの後を付いて行く。

 ……あーあ。
 私、1人で浮かれて馬鹿みたい。

 小さい頃から傍にいたからって、気持ちが伝わってるとは限らないのにね。
 小さい頃から傍にいたからって、相手も自分のことを好きになってくれる
だなんて……限らないのにね……。






 帰り道は、言葉も少なく。
 交わす言葉は右から左。

 私、もう……浩之ちゃんがわからないよ……。

 私は必死で涙を堪えていた。

 ……家に帰ったら、思い切り泣こう。
 悲しみも、寂しさも……私の想いが、全部流れてしまう程に。
 そして明日からはまた、笑って浩之ちゃんに会おう。

 私に出来るのは、きっとそのくらいだけ。
 浩之ちゃんの幸せを祝福してあげるだけ。

 浩之ちゃんが幸せなら、私はそれでいいんだから。

「おい、あかり」

「……何?」

 浩之ちゃんは、心配そうに私の顔を覗き込んで。

 いつもなら、照れた。
 いつもなら、見つめ返した。
 でも、今日は……思わず目を逸らしちゃう私。

「何でも、ないってば」

 さっきから、同じようなことしか言えなくて。
 でも、浩之ちゃんは。

「ごめんな、あかり。具合が悪いのに、無理に連れ回して」

「……ううん。大丈夫だよ」

 私の身体は、ね。
 でも、私の心は……どうなのかな……。






「じゃあね、浩之ちゃん」

「お、おう」

 私の家の前、やっとここまで堪えて来れた。
 もう少しで、思い切り泣けるね……。

「あのさ、あかり」

「な、何?」

 早く帰って。
 私、もう持ちそうにないよ。

「これ……気に入るかわからないけど」

 そう言って浩之ちゃんが差し出したのは、赤いリボンの水玉模様。
 それは、小さくラッピングされた小箱。

「これって、何?」

「お前にも、お礼だよ……日頃世話になってる、な」

「え……?」

 その言葉を聞いた時……私の頬を、音もなく零れる涙。
 どうしたらいいのかわからずに、ただ狼狽する浩之ちゃん。

 だって……どうして、私に?
 来栖川先輩にあげるんじゃなかったの?

「あのな、誤解してるようだから言っておくけど」

 浩之ちゃんは、私の手に小箱を渡しながら言う。

「俺には、先輩じゃない好きな人がいる」

「…………」

「ま、まぁ。誰のことかはまだ言わないけどな」

 照れ隠しなのか、ぽりぽりと真っ赤な頬を掻いている浩之ちゃん。
 そんな浩之ちゃんに、私は思わず抱き着いていた。

 だって……そうなんだよね?
 誤解しちゃってもいいんだよね?
 都合よく解釈してもいいんだよね?

「浩之ちゃん……」

「お、おい!? こんなところで……誰かに見られたらどうすんだ」

「あ、ありがっ……と……ぅ」

 声にならない声。
 今まで我慢していたものが、一気に溢れ出すように。
 浩之ちゃんは、私が泣き止むまで黙って背中を抱いていてくれた……。






「……落ち着いたか?」

「うん……」

 結構長い間、泣いていたような気がする。
 その間……浩之ちゃんは、ずっと傍にいてくれた。

「じゃあ、俺は帰るけど。ゆっくり休めよ」

「うん……」

「んじゃ、また明日な」

「……うんっ!」

 浩之ちゃんの背中を見送る私。

 ほんの数分前までは、とっても悲しかったのに。
 なのに今は、とっても幸せな気持ち。

 ……私もまだまだね。
 こんなんじゃ、藤田浩之研究家を名乗っていられないよ。

 だから私、もっと浩之ちゃんのことを研究しちゃうんだから。
 もっともっと、浩之ちゃんのことを好きになっちゃったんだから。






 浩之ちゃんがくれたのは、銀の指輪。
 私はその指輪を……左手の薬指に、そっとはめてみる。
 サイズはぴったり、さすがは浩之ちゃん……だね。

 いくら何でも考え過ぎかしら?
 でも、期待していてもいいのかしら。
 いつか浩之ちゃんが、それを私の指にはめてくれることを……。

「えへへ……」

 思わず頬が緩むのを感じながら、私は。

 ……これは、1人だけの願い。
 ……これは、1人だけの誓い。

 浩之ちゃんを、一生変わらず好きでいたい。
 浩之ちゃんと、一生変わらず一緒にいたい。

 その指輪を眺めながら、私は眠りに落ちた。

 今晩は、幸福な夢が見られそう。
 そんな予感と共に……。






<続くんです>
<戻る>