あかりちゃんがんばる! 番外編

その2「一体何がどうしたの?」








 来栖川先輩は、漆黒の衣装に身を包んでいた。
 いわゆる『魔女っ子』みたいな格好をしてる。

 昔、憧れた頃もあったなぁ……。

 あのとんがり帽子、真っ黒なマント。
 箒もちゃんと傍に用意してあるし。

 結構本格的なのね。

「あかり、先輩は本物の『魔女』なんだぜ」

「……えっ!?」

 そ、そんな。
 今の世の中、そんなナンセンスな……でも、楽しそうに言う浩之ちゃんの眼
は本気だった。

「前にも、晴れていた日に雨を降らせたこともあったんだぜ。魔法は、確かに
あるんだ」

 ……まるで、自分のことのように。
 そんなに嬉しそうに私に話されても、ちょっと複雑な気分。

 来栖川先輩も、ちょっと頬を染めてうつむいている。

 何だかこの2人、いい雰囲気。
 ……心配してた通りみたい……私、来なきゃよかったかな……?

「…………」

「いいって、そんなに気を使わなくてもさ。俺達も先輩の魔法に興味があるん
だから」

 そして、来栖川先輩に笑いかける浩之ちゃん。
 ……浩之ちゃんが興味を持っているのは、本当に魔法だけなの?

 ……やだ。
 こんなの、見ていたくないよ。

「あ、あのっ。私、急に用事を思い付いちゃった」

「……あぁ!?」

 ひっ!

 浩之ちゃん、どうして私にはそんな怖い視線を送るの?
 来栖川先輩を見る時みたいに、優しく見つめてはくれないの……?

「だから……これで帰るね。ごめんなさい、さよならっ」

 冷たい浩之ちゃんの視線を避けるようにして、私は部室を出……ようとした
けど。

 がちゃっ……。

「あ……あれれ?」

 ドアを開けると、向こう側には今まで見ていたのと同じ光景があった。
 つまり、オカルト研究部の部室に……浩之ちゃんと、来栖川先輩。

 ……?
 気付かないうちに、部屋の外に出ちゃってたのかな?

 不思議に思いながら後ろを振り向くと、私を呆れたような目で見ている浩之
ちゃんと、来栖川先輩が。
 また前を見ても、そこにも浩之ちゃん達がいる。

「……あのぉ……」

「…………」

「儀式の邪魔をされないように、空間をねじ曲げているんだってさ。……おい、
あかり……ちょっとこっち来い」

 うっ……浩之ちゃん、眼が怖いんだってばぁ……。
 2人の邪魔をしないように身を引こうとしただけなのに、どうして怒ってる
の?

 何を言われるのかびくびくしながら浩之ちゃんの傍まで行くと。
 浩之ちゃんは、私の手を取って部屋の隅まで連れて行く。

「……お前、冷やかしに来たのかよ」

「……え?」

「先輩に失礼だろ? 来て早々『帰ります』なんてさ。しかも、理由に『思い
付いた』なんて馬鹿なことを言うか、普通?」

 あ……そっか……それで浩之ちゃん、怒ってるんだ……。

「だ、だって……」

「『こんなの馬鹿馬鹿しい』とか思ってるんだろ。いいから見てろって、これ
から面白くなるんだからさ」

 誤解だよ、浩之ちゃん。
 私、そんなこと思ってないもん。

 そんなんじゃ……ないもん……。
 
「……浩之ちゃん、全然わかってないんだね」

「あ? 何がだ?」

「……もういいもん」

 どちらにしろ、終わらなければ帰れないみたい。

 ……浩之ちゃんの馬鹿っ。
 好きな人が目の前で他の女の子と仲良くしているところ見せられて、平静で
いろって言うのね。
 それなら……いいもん、別に……。






「…………」

「おっ、これがそうなのかい? 先輩」

 こく。

 来栖川先輩が、バッグから取り出した小瓶。
 瓶の色が茶色なので、遠目だと中身は全然わからない。

「…………」

「え? これが不老の秘薬『エリクシール』? 1回一口、10歳若返る……
って、2口分もないじゃん……何? 材料が貴重で手に入れられなかった?」

 目の前で小瓶をふりふりしながら、浩之ちゃん。

「…………」

「ふーん、歳を取る薬も作ってあるのか。じゃ、試しに飲んでみようか」

 こくこく。

 え……それ飲むの、浩之ちゃん?
 い、命に関わることはないと思うけど……でも……。

「何心配そうな顔してんだよ、あかり。先輩の作った薬って、結構効くんだぜ。
前にも元気が出る薬を貰ったんだけど……あれは効いたなぁ〜」

 だ……だって、それとこれとは性質が全然違うじゃない!?

「さて……じゃ、例の通り一気にいくか……」

 きゅっと蓋を開けて、口元に小瓶を運ぶ。
 あ……本当に飲んじゃう……。






 がたっ!

「な、何だ!?」

「わ、私じゃないよ!」

 ふるふると頭を振って、答える私。
 緊張の糸が張り詰めていた時に変な音がしたものだから、浩之ちゃんも少し
びっくりしたみたい。

 私の後ろ……部屋の入り口から音がしたんだけど……?

「誰かいるのか、そこっ!?」

「あちゃー……見つかっちゃったわねー」

 あ、志保。

「お前、来るなって言っただろ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。こんな面白怪しそうなこと、この志保ちゃんを
差し置いて進めてんじゃないわよ」

 あれ? でも、部屋の入り口は……。

「いいから帰れ、とっとと帰れ、今すぐ帰れ、さぁ帰れ」

「あん! ちょっと、もう……乱暴ねぇ」

 ぐいぐいと、志保を無理矢理押して行く浩之ちゃん。
 そして、部屋のドアを開けると。

「あ……しまった……」

「へっ? ちょっとコレ、どうなってんの?」

 やっぱり、空間がねじ曲がったままだったみたい。
 でも、志保はどうして入って来れたんだろ?

「…………」

「え? 術に失敗して、ワンウェイ・ドアになったみたいです? ……つまり、
一方通行の扉ってことか?」

 こくり。

 来栖川先輩って……浩之ちゃんが誉めるほどは、すごくないのかも。
 何だか雲行きが怪しい感じ。

「ところでそれ、面白そうね。私にも飲ませてよ」

「駄目だって、俺が飲むんだから。1回分しかないんだぞ」

 志保が部屋から出られないと知るや、噂の薬の奪い合いを始める2人。
 ああ……そんなにしたら、中身がこぼれちゃうよ。

「男のくせにセコいわね! さっさとよこしなさいよ!」

「うるせえ、それは男女差別だぞ」

 うーん……浩之ちゃん、押され気味。
 口はいつもみたいに達者なんだけど……取っ組み合いになりかかっていて、
ちょっと本気を出せないみたい。
 何だかんだ言っても女の子には優しいんだよね、浩之ちゃん。

「こ……こらっ! お前、今どこ触った!?」

「そんなこと乙女の口からは言えないわっ!」

「乙女なら、言えないようなところ触るなぁっ!」

 あ……ずるいよ、志保……私だってまだ、そんなところ……(ぽっ)。

「くっ……あかりっ! パスだっ!」

「えっ? えっ!?」

 私が少し思考停止した瞬間、志保の攻撃に耐え切れなくなった浩之ちゃんが
薬瓶を投げてよこす。
 名前を呼ばれて、慌てて顔を上げると。

「えっ?」

 ひゅるるる……ぽてん。

 思わず開けていた口の中に、ストライク。
 あ……確かさっき、浩之ちゃんが蓋を……。

 とか思う間もなく、口の中に広がるすごい味。
 辛いような、甘いような、それでいて苦くて酸っぱい……いやっ! いやよ、
信じられない! こんな味のモノを作るなんてっ!
 何を使って作ったかは知らないけれど、これは素材に対する冒涜よっ!
 料理は美味しく作らなきゃ駄目なのっ……。

「あかり! 早く瓶を出せっ!」

 がしっ!

 浩之ちゃんが、私の両肩を掴んでわしわしと身体を揺さぶって。
 しかして不本意ながら、私はその拍子に口の中の液体を飲み込んでしまった
のでした。

 ごっくん……。

 いやん……何だか、部屋中に飲み込んだ音が響いたみたい……。

 ああっ、浩之ちゃん! そんな顔しないでっ!
 私、いつもはこんな音しないのよっ!? 今日に限って!!

「あ、あかり……」

「…………」

「せ、先輩っ? 今、何て言った?」

「…………」

「『あ〜あ』って……何なんだよ、それ!?」

 な……何でそんなに残念そうなのかなぁ?
 私、とっても気になっちゃうわ。

 というより……やっぱり、すっごい味……。
 喉越し最悪、後味も最悪……私のお料理観、変わっちゃいそう……。
 
「あ、あれ……?」

「おい、あかり?」

「ひ、ひろゆ……」

 ふらっ……。

 あ、あれれ?
 世界が、浩之ちゃんが回ってるよ。
 これも、あの薬のせいなのかなぁ……。

 ふらふらっ……。

 あ……でも、これって結構楽しいかも……。
 この間浩之ちゃんと、隠れてお酒を飲んだ時みたいだけど。
 あの時みたいな気持ち悪さはないよ……。

「あかり! しっかりしろ!」

 ふらっ……がしっ。

 あ……駄目だよ、浩之ちゃん。
 みんなが見てる前で抱きしめてくれるなんて……。

 嬉しいじゃ……ない……。
 





<続くんだよ、浩之ちゃん>
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