へなちょこマルチものがたり・セリオ純情編

「ひよこさん大作戦♪」






「――長瀬主任」

「ん? なんだい、セリオ?」

 私が声をかけると、主任は相変わらず奇蹄目の動物のように長い顔で振り
返りました。

「ここのところ新パーツの供給がありませんネ」

「そうだったかな?」

「マルチさんも待ち遠しいのではないでしょうか?」

「確かにそうだな。おっ、そういえば、作りかけのがあったんだった」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、でもセリオ専用だが」

 がくっ。

「……マルチさん用のものでなければ、お宅を訪れる口実にならないのデス」

 がくぅっ。

「ん、何だい、セリオ?」

「……いえ、何でもありません。それでは」

 とぼとぼとぼとぼとぼ。

「……ほぉ、あの○○なセリオがねぇ」



 ぴたっ。

 小声で聞こえないつもりでしょうが、私のセンサーは私の噂話限定で通常
の1000倍も鋭くチューンナップしてあるのです。

 偽善者とか破壊神とか、おでこちゃんなどの言葉は聞き逃しません。

「フフ、なにか言いましたか、主任?」

「ま、待て待て、セリオ! そのかわりといっては何だが、ほら、例のひよ
こロボ。本生産にのせるんで八研に貸し出していた彼が、帰ってきたんだ」

「……ひよこ――さんが!?」

「そうだ、ちょっと待っていたまえ」

 主任は、机の上の箱からごそごそと何やら取り出すと。

「ぴよっ♪」



 トテテテテ。

 私のほうに向かって、短い足で懸命に机の上をかけてくるひよこさん。

 ここまでなら、感動の再会といったところですが、

 テテテ……バシュッビューーーーーン!!

 ふ、甘いデス!

 ぺしっ!

 ぽーん、ころころころ。



「ははは、相変わらず君達は仲が良いなぁ」

 そう見えるなら、視覚ユニットの取替えをお薦めします、主任。

「マルチもひよこくんに会いたかろう。悪いが久しぶりに藤田君のウチに連
れていってくれないかな?」

 お断りします――とコンマ一秒で即答したいところですが、ここは思案の
しどころです。

 今、断ったとして、たとえ後で新パーツを手に入れ藤田家に侵入する口実
ができたとしても、この前のようにマルチさんに邪魔される恐れがあります。

 しかし、この対マルチさん汎用ひよこ型決戦兵器があれば、マルチさんを
浩之さんから切り離す事も……。

「……どうした、セリオ?」

「――分かりました。あまり気はすすみませんが、主任の頼みとあれば仕方
ありませんネ♪」

 渋々といった様子で答えて、私はひよこさんを連れて、足取り重く研究室
を後にします。

 るんたった。るんたった。

 るんたった――ぴたっ。

 はて、良く考えたら、なぜ主任はひよこさんを連れて行く事を『その代わ
り』などと言ったのでしょう?

(ニヤリ)




 ぴんぽ〜ん。

 呼び鈴を押してから、私は、マルチさんたちが出てこられる前に、私の頭
の上に乗ったひよこさんに話しかけます。

「い、良いですか、ひよこさん。この勝負はいずれきっちりとつけるとして。
今は、お互いの目的のために、一時休戦です」

「ぴっ、ぴよっ……」

 ひよこさんも息が荒いようです。そうでしょうとも、私も戦闘衛星を全機
総動員しての戦いなど初めてでしたからね。

 隣街の空が夕焼けでもないのに赤いのが不思議ですが、そのような些事は
さておいて、

 がちゃっ。

 開かれたドアに向かって、私は礼儀正しくお辞儀をします。



「こんにちは、マルチさん。浩之さ――」

「わぁっ! ひよこさん、お久しぶりですぅ♪」

「ぴよっ」

 あ、あの――

「んだよ、また、来やがったのか。居なくなってせいせいしてたのによ」

「ぴよっ!」

「浩之さんっ! そんな事を言っては、ひよこさんに失礼ですよっ!」

 あ、あのデスね――

「分かってるって。まっ、来ちまったものはしょうがねーな。入れよ」

「ぴよ♪」

「えへへ、ひよこさん。ゆっくりしていってくださいねぇ」

 あの、私がまだ――

 キィーーーッ、バタン!

「……」




 しくしくしくしく。

「……ほら、セリオ。そんな部屋の隅にうずくまってないで、いいかげん機
嫌直してこっち来いよ」

「いえ、良いのデス。どうせ私は、ひよこさんの運搬ロボに過ぎないのです
から。お構いなく」

 ぐすぐす、えぐ。

「そんないじけんなよ。ちょっとしたお茶目じゃねーか。俺らも心から反省
してるからよ。なっ、マルチ?」

「はやややや〜〜ん♪ ひよこさんたら、そんなところをつついては、こそ
ばゆいのですぅ♪」

「…………」

「…………」

 ……うぅっ。

「だあっ! 分かった、セリオ。あんな友達甲斐の無い薄情な奴は放ってお
いて、俺の部屋でも行こぜ!」

「えっ?」

 はっ!

 うやむやのうちに、マルチさんと浩之さんとの切り離しに、成功している
のデス。

 ナイスです。ひよこさん。

 ぐっ!



 そう、私の目的はただ一つ。

 それは、今日こそ浩之さんに「なでなで」してもらう事なのデス。

 私のマルチさん観察日記によれば、浩之さんの「なでなで」は、私達メイ
ドロボに取って非常な破壊力があるようです。

 それはもう、理不尽なほどに。

 この事態が放置されたまま、メイドロボの生産が続けられれば、いずれ、
浩之さんが「右手一つで世界を従える」恐れだってないとはいえないのです。

 誰かがそのヒミツを解き明かさねばならないのですが、マルチさんが篭絡
されてその任務を果たせない以上、ここは、私が身を呈して実験体にならな
くてはなりませんネ。

 以上、理論武装終わり。

 決して、「怖いけどちょっと冒険してみたい嬉し恥ずかし乙女の好奇心☆」
などではないのデス。




「なぁ、セリオ」

 浩之さんのお部屋拝見に専念して、しばし黙り込んでいた私に、浩之さんが
所在なげに声をかけます。 

「セリオは、研究所でひよこと遊んだりしないのか?」

 あのような攻撃衝動だけで動いているような下等なロボットとは付き合って
いられないのデス――などと言ってはいけないのです。

 代わりに私は、そっと視線を伏せて答えます。

「……ひよこさんは、マルチさんと遊ぶのは好きでも、私とは遊んでくれない
のです」

「そりゃまた、どうして?」

「それは、やはり私には、心が――無いからではないでしょうか?」

 大切なきめセリフを言うときにはワンテンポ置くのがぽいんつです。

 「月刊少女どぼん」に載っていました。

「……セリオ、そんな言い方は止めろよ!」

「いえ、良いのです。本当の事ですから」

「セリオ……」

「浩之さん」

 フフフ、良い雰囲気なのデス。

 もう一押しで――



「ぴよっ!」

 ガチャッ。バタン!

 どたどたどたどたどたどたどたどたどたどたどた!!

「ぴよぴよっ!」

「『待ちやがれぃ! しんみょーにお縄をちょうだい』なのですぅ!」

 どたどたどたどたどたどたどたどたどたどたどたどた。



「こら、マルチっ! 家の中で駆けまわるなって……くそっ、聞いちゃいねぇ
な」

 ……ひよこさん、今のタイミングは狙っていませんでしたか?

 私に喧嘩を売るなど、ナイス度胸なのデス。

「大丈夫だったか、セリオ?」

 心配そうに訊く浩之さん。

「え、ええ、どうにか……」

 私は、額に軽く手を当てて、力弱くつぶやきます。

 これなら浩之さんは、私が今、サテライトシステムで「古代中国の拷問術
(民明書房刊)」を検索しているなどとは思いも寄らないでしょう。

 それはさておき、先ほどの続きデス。



「……ですが、マルチさんも薄情な方ですね。ご主人様である浩之さんを放
っておいて、ひよこさんと遊びほうけるなど」

「はっ! しょうがねーよ。マルチはまだお子様だからな」

 強がって言っても、やはりその口調はどこか寂しげですネ。

 フフフ、今がチャンスです。

「私でしたら、ご主人様にそのような寂しい思いをさせることなど、決して
いたしませんのに」

 ここでついに、対浩之さん最終決戦兵器「うるんだ上目づかい」が発動し
ます。

「……私では……だめなのですか……浩之さん」

 うるるんっ。

「なっ、何をいってんだよ! セリオ!」

 ぶっきらぼうに言って、後ろを向いてしまう浩之さん。

 ふふふ、照れた顔を見られたくないのですね。

「浩之さん……」



 私は、獲物――いえ、浩之さんが後ろ向きで気づかないのを幸いに、じり
じりと距離を縮めます。

 後は、その胸に「ぽふっ」(この音が肝心デス)っと、なだれこんでしま
えば、もうこちらのものです。

 そうなれば、浩之さんも、その極めて貧弱な理性のたがも外れて、



「せ、セリオぉぉぉ!」

「ああ、駄目ですわ。お止めになって浩之さん。あなたには、マルチさんと
いう方が」

「あんな薄情な奴知ったもんか! だいたいセリオ、お前から誘ってきたん
じゃね―か!!」

「ああん、誤解ですわ。私はただ浩之さんの寂寥をお慰めしようと」

「ええぃ、問答無用じゃ!」

「あ〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜♪」

 そうして、浩之さんは、欲情の赴くままに、嫌がる私の「頭」を無理矢理
抑えつけて獣の様な荒荒しさで、「なでなで」を。

 ……ぽっ。



 ――などと、誰かさんの様な妄想に浸っている場合ではありませんでした。

 私は浩之さんに気づかれぬように、忍び足で近づきます。

 なでなでまであと3歩。

 あと2歩

 あと――

 そのとき、浩之さんの小さな呟きを耳にしました。

「……マルチ」



 はっ!

 ……浩之さん。



 何故だかは知りませんけれど。

 その後ろ姿が、急に迷い子の様に、小さくはかなげに見えて、

 私は――



 なでなで。

「……セリオ?」

「じっとしていてください」

 そっと、浩之さんの頭を抱いて、そのおさまりの悪い髪を優しく梳るよう
に――。



 なでなでなでなで。

「セリオ……」

 私の胸の中で、安心しきった赤ん坊のような表情をする浩之さん。

 私がなでなでをしてどうするというのでしょうか?

 私らしくない極めてイロジカルな行動です。

 ですが……私は……。



 


 ――今日のところは、これで引き上げるといたしましょう。

 わたしは、おふたりに別れを告げて、藤田家を後にしました。

 マルチさんは、最後までひよこさんと戯れて浩之さんを無視していました。

 まったく、ひよこさんのどこが、そんなに良いというのでしょうか?

 ねぇ、ひよこさ――。

「……居ない!」


 ずきゅううううううううううううううううううううん。


「ひよこさんっ!」

 音速よりも速く藤田家に駆け戻ると、案の定、廊下にあの子憎たらしい黄
色い物体を発見しました。

 どうやらリビングのドアの隙間から中を覗いているようです。

「何をやっているのですか、ひよこさん!」

 ぴーーーーーっ!

 羽根を口に当てて、生意気にも静かにしろと指図しているようですが。

 いったい何を覗いているというのですか?



「ううぅっ、浩之さぁぁぁぁぁぁぁん!!」

「お、おい、マルチ。急に何だってんだよ」

「だって今日、浩之さんと離れていた間、ずっと、ずっと寂しかったんです
よぉ!」

「はぁ? 何いってんだよ。お前は、ずっとひよこと遊んで――」

「わたしは、ううっ、ずっと浩之さんと一緒に居られるから、ひっく、たま
にはセリオさんに譲ってさしあげようと、ぐす、いつも思っていたのですぅ」

「……」

「でも、いつも途中で我慢できなくなって……。今日は、っく、ひよこさん
が側に居てくれるから、くすん、大丈夫だと思ってたんですけれど。ぇぐ、
でも、やっぱり、やっぱり駄目なのですぅ!」

「そう……だったのか。ごめんな」

「……ぐすっ、浩之さん」

「……マルチ」



 ああっ、何て良い雰囲気で見詰め合うのですか!

 それでは、もうこの後の展開は、なでなで街道一直線ではないですか!

 マルチさん、返してください。そのなでなでは私のものです!

 ですが、浩之さんの手は、なぜかマルチさんの頭には向かわず――



「んっ、あっ、そんな……くふぅ」

「マルチ……」

「だ、駄目ですよ、こんなところで、ひゃんっ!」

「んな事いっても、俺もう……」



 いっ、いったいおふたりは何を……。

 ああっ、だんだんと……意識が……。



 ふらふらっ。

 ガチャッ、キィィィィッ。

「ああっ! せ、セリオ!? また来たのかぁ!」

「あうあう! い、今、お茶菓子でもお出ししますので!」

「け、結構です。あ、甘いのは、もう、ノーサン……きゅ〜〜〜」

 んばぶしぅ。

「「あっ」」

「ぴよっ!」






「ただいま帰りました……」

 しーーーん。

 とぼとぼとぼとぼ。

 ぺたっ。

「……はふぅ」

 つんつん。

「何ですか?」

「ぴよぴよ」

 ぱたぱたぱた。

「??」

「ぴよぴよ」

 ふりふり。

「ひよこさん……慰めてくれるのですか」

「ぴよっ」

 ぱたぱた。

「ひよこさん……」



 ガチャッ。

「おっ、セリオにひよこくん。帰ってたのか」

「あ、長瀬主任」

「ちょうど良かった。八研から新開発のメス型ひよこロボが、いま届いたん
だ」

「メス型?」

「ああ。せっかくだから、仲の良いつがいで売り出すんだそうだ。そら」

 メス型と言われても――ひよこの性別判定士の資格を持つ私にさえ、その
違いが分かりませんが。



「ぴよっ!」

 ケリッ!

 ぴょんっ。

「あっ! ひよこさん、何を……」



「ぴっ?」

「ぴよ」

「ぴよぴよ♪」

「ぴっ……ぴよぴよ(はぁと)」



 そ、そんな……。ひよこさんまで……。

 ふらふらっ。

「はっはっは。ひよこくんたちも、なかなか見せつけてくれるじゃないか。
ん……どうしたんだい、セリオ? セリオ!?」

 ぷしゅぅぅぅぅぅ。





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