へなマルチ外伝

へっぽこ浩之ちゃん 「浩之ちゃん7 トラッシュ」









「溢れる想いはりゅ〜うっせ〜んっけぃ♪ 突撃らぶは〜と♪」

「いえーっ、いいぞーっ、ひゅーひゅーっ」

「えへへ〜☆ じゃ、次の方は……」

「あたしあたし! えっと、曲は『…だけどベイビー!!』で」

「雅史ちゃん、そんなにカル○ス飲んで大丈夫なの?」

「これぐらい平気だよ、浩之に鍛えられてるから」

「ちょっと、ヒロも歌いなさいよ」

「さんざん歌ったじゃねぇか! 俺ちょっと休憩」

「あ、さてわヒロ、怖気づいたのね?」

「……だけどベイビー!! まだも〜のたりなっい〜のっよ〜♪」

「わ〜、綾香さん上手ですねぇ」

「浩之……疲れたなら僕が介抱してあげるよ」

「次、絶ッ対ぇー俺な! 曲は『TRY AGAIN』」

「雅史……相当酔ってるみたいだわ」

「どうでもいいけど浩之ちゃん『炎爆団』の曲ばっかりだね」

「そりゃお前、銀河最強のロックバンドだからな」

「…………」

「そこぉーっ! あたしの歌を聴けぇーっ!!」



 ……俺たちは今、カラオケボックスにいる。
 理由は簡単。
 長瀬のおっさんに、マルチ専用マイクを作ってもらったのだ。

 以前、マルチを連れてカラオケに行ったことがあった。
 その時はハウリング現象やらなんやらで、結局マルチは歌えず終いだった。

 みんなが楽しんでる中、マルチ一人が歌えない。
 マルチ自身はそれでいいのかもしれないが、だからといってそのままでいい
わけがない。そんな状況は、この俺が許さない。
 俺が楽しい時には、マルチにも楽しい気持ちでいて欲しい。
 ……あたりまえの、願いだ。



「どうだマルチ、楽しんでるか?」

「はい〜、マイマイク“しゅつるむふぁうすと”も絶好調ですぅ☆」

「確かに似てるけどそのネーミングは絶対に問題あると思うわ」

 ちなみに今回のメンバーはこうだ。
 俺、マルチは当然として、あかり、志保、雅史。
 そもそもカラオケと聞いて志保が黙ってるわけ無いんだよな。

 あとは来栖川姉妹。セリオはおっさんのところに行っている。
 どうやらセリオもマイマイクが欲しくなったらしい。
 姉の持ってるものを欲しがるなんて、なんだかんだ言ってセリオもなかなか
可愛いところがあるじゃないか。

「ハートぉラジカルぅにぃア〜ハ〜♪ ……はーい、次はだ〜れ?」

「…………」

 ところで先輩は大丈夫なのか?
 あんまりこういう場所に向いてないような気がするんだが……。
 “楽しんでます”?
 それならいいんだけどさ。

「あ、みんなそろそろ時間だよ」

「ホントだわ! あと一曲が限界ね……何にしよっか」

 何、もうそんな時間なのか?
 楽しい時間ってのはやっぱ、あっと言う間に過ぎるもんだな。

「最後の一曲って悩むのよねぇ……」

 真剣に悩む一同。
 と、先輩が俺以外の奴らに耳打ちしてまわった。

「さすがは芹香さん、とっても素敵ですぅ☆」

「ナイスよ姉さん、やっぱり持つべきものは姉ね」

「でも……ちょっと、は、恥ずかしいかも……」

「あ、あたしは別に……」

「まぁいいじゃないの、この際歌いましょうよ」

 なんだかよくわからないが、締めの一曲が決まったらしい。
 先輩が嬉々として――見た目はやっぱり変化に乏しかったが――ナンバーを
入力している。……速すぎて指が見えないぞ。
 
「お、なんだよ。俺だけ除け者かぁ〜?」

「浩之さんにぜひ聞いて欲しい曲があるんですよっ」

「…………」

「拗ねないでくださいって言われてもなぁ……まぁいい、聴こうか、その曲」


 マイクに群がるみんな。
 そして、イントロが流れ出し、静かに歌が始まった。

『ふら〜いみとぅざむ〜ん♪ えんれっみ〜ぷれい〜あむ〜んえんすた〜ず♪』

 これは……『FLY ME TO THE MOON』だな。
 先輩の声もちゃんと聞こえてくる。
 みんな声が綺麗で、俺はつい惹きこまれてしまった。

『えんな〜ざわ〜ず♪ ぷり〜ずび〜とぅる〜ぅ〜♪ えんなざわ〜ず……』

 あっという間に最後の部分に。
 そこでマルチが俺に、意味ありげな視線を飛ばしてきた。

『……あいら〜びゅ〜♪』

 歌うマルチは、限りなく優しい笑顔で。
 ……俺、ちょっと感動。

「……浩之さぁーん!!」

「よしよし、なでなでしてやるから泣くなよ」

 歌い終わると同時にとびついてくるマルチ。
 お前の想いは、ちゃんと俺に届いてるぞ。
 でも大声出す時はマイク離してな。


 その時、くいくいっと、誰かが俺の服の袖を引っ張った。

「あ、先輩」

「…………」

「どうでしたかって? うん、よかったぜ。なんつーか聞き惚れた」

「…………」

「え? それだけじゃなくて?」

 先輩はじれったそうに頷いた。
 気が付くと、みんな俺の答えを待っているようだ。
 みんな目が本気と書いてマジな気がするんだが、俺の気の所為だろうか?

「う〜ん、一言で言うと“でかるちゃー”かなぁ、驚きと感動がまぜまぜって
 ゆーか……ところでこの歌ってどんな意味なんだ?」

 ずるっ、とみんな一斉にコケた。おかしなこと言ったか、俺?
 一様に残念そうな顔をしているのが気にかかる。
 そこで俺の脳裏にキュピーンと閃光が。

 もしかしてこれはマルチ同様、好意的に受け取っていいのだろうか?
 とすると、俺は今、ここにいる全員から愛の告白を受けたことになる。
 これは、困ったな……俺にはマルチという大事な……ん?
 ここにいる……全員? てことはまさか……!?

 俺は背中に強烈な視線を感じ、あわてて振り返った。

「浩之……僕は信じてるからね……」

「!!!」

 すどむっ、という音がして、後ろに立っていた雅史は沈んだ。
 反射的に当て身をかましてしまったらしい。
 らしいというか、俺が意図的に繰り出したんだけどな。

「ふーっ……ふーっ……」

 それにしても恐ろしい……。
 俺はさっきまでの解釈を、一瞬で宇宙の彼方へ吹き飛ばした。

「…………!」



「さて、そろそろ出ようか」

「……そうね。それがいいわ。そうしましょ。そうするべきよ」

「そうだね……私もそうしたいと思ってたとこなんだ……」

「おいおい、そんなに疲れるほど歌ったか?」

 あかりはともかく綾香は体力あると思うんだがな。
 いや、俺もさっきまでバテてたから人の事は言えないか。

「乙女心がわかんないバカヒロは放っといて、さっさと行きましょ」

「バカってなんだ、バカって」

「そーですよっ! 浩之さんはバカなんかじゃありません!」

 憤慨するマルチ。マルチはいつだって俺の味方だ。

「少々へっぽこなだけですっ!!」

 フォローになってねぇ……。
 というか駄目駄目だ。

「……ところで浩之ちゃん、雅史ちゃんはどうするの?」

「ん? ああ、アレな。店の人がなんとかしてくれるだろ」

 アレは雅史のツラをした異世界の生き物で創られたゴミだ。
 だから店員さんは明日、ちゃんと燃えるゴミに出してくれるだろう。
 でないと今後の俺の人生に悪影響を及ぼしかねん。

「それよりとっとと俺の家に行こうぜ。二次会だ」

 ぞろぞろと部屋から出て行く俺たち。
 ふと見ると、先輩があさってのほうに向かって必死に手を伸ばしていた。
 ……もしかしてさっき俺が棄てた思考を拾おうと!?

「先輩、行くよ」

「…………」

 先輩はものすごく名残惜しそうに虚空を見つめていたが、やがて諦めた様に
部屋から出て行った。
 なんとなく見当がついていた俺としては一安心。
 もちろんもったいないとも思ったが、そうするとヤツが復活しそうでイヤだ。
 先輩の魔術は侮れないからなぁ。
 とにかく最後のアレは無かった事にしよう。


「さてと、俺も行くか」

 考えもまとまったところで、くるっと反転。
 いざ逝かん、我が家へ! と、その時。
 俺の足首に、非常に不吉な感覚が取り付いた。

「…………」

 雅史……許せ。
 悪いが俺にはお前の愛、覚えられそうに無い。
 だから……

「浩之……逃がさないよ……」

「誰か助けてくれええぇぇ――――――っ!!!」










「―――浩之さん、大量のゴミ袋に埋もれて一体何をなさっているのデスか?」

「しっ!! ……俺はゴミだ。セリオ、話し掛けるな」

「それより浩之さん、見てくださいこの輝くマイクを」

「バカ、やめろっ! マイク使って呼びかけるなっ!! ヤツが来るッ!!」

「……ひーろーゆーきー」

「うわっ!? 見つかったッ!!」



 ……結局。
 俺は、雅史のカルピ○が抜けるまで、一晩中逃げ回る羽目になったのだった。










<了>
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