月姫舞踊 健康体で行こう!








「兄さんー!」

 どだだだだだ。

 屋敷が震えるかとも思われる叫び声と共に、勢いよく居間に走り込んで来る
秋葉。
 琥珀さんとの歓談に華を咲かせていた俺としては邪魔が入って鬱陶しいこと
この上ない。

「むお!」

 とか言おうとする前に、丸めたシーツが顔の前に突き出される。

「……何?」

「これは一体何のつもりですか、兄さん!?」

 何って……単なるシーツに見えるが。
 いや待てよ、確か今朝は……。

「ああ、それは男の生理現象ってやつだ」

 ぷーんと栗の花の香りがするそれから顔を背けつつ、俺は言う。
 秋葉はと言えば、真っ赤な顔で怒っているのやら困っているのやら。

 ちなみにトランクスは風呂場でしこしこ秘密裏に洗ったのだ。
 シーツにまで俺の精が染み込んでいたとは、その時は考えもしなかったが。

「こんなものを翡翠に洗わせるなんて、一体何を考えているんですか!」

「いや、だからその」

 このわからず屋のお嬢様に、夢精と言う現象をどう説明したものか。
 って言うかこの屋敷は落ち着かないしおかずネタも……あるにはあるけど気
が引けて使えないから、そうそう自家発電するわけにも行かない。

「あのなぁ、それは健全な男子高校生として当然のことなの。オッケー?」

「開き直りですか!? もっこり猛々しいとはこのことですわ!」

 ばふっ、と俺の顔にシーツを投げ付ける秋葉。
 俺は自分のシーツながら、慌ててそれを避ける。

「何をするんだ秋葉」

「何ってナニもしない貴方が悪いんじゃないですか!」

「だって何するにしても規則規則じゃないか、この屋敷は」

「ナニすることに関して規則を設けた覚えはありません」

 うむ、そうか。
 そう言うのならばこちらにも考えがある。
 って言うかナニナニ言って、俺達はナニ星人かよ。

「じゃぁ翡翠や琥珀さんやお前でナニしてもいいって言うんだな!?」

「う、翡翠や琥珀はともかく私でされるのはちょっと……」

 俺はここぞと、ずずいと詰め寄る。

「自分だけ安全圏か!? 2人を人身御供にして自分だけ綺麗な身体でいたい
って言うのか!」

「そうは言ってません! ただ、兄さんがそのつもりならばこっちにも考えが
あります!」

「ほう、言ってみろ」

「わっ、私だって兄さんをおかずにしてナニしてやります!」

「…………」

 凄いこと言うのな、秋葉。

「あらあら、兄妹喧嘩はいけませんねー」

 こちらのぴりぴりした空気を余所に、落ちたシーツを回収する琥珀さん。
 思えば本人の目の前でナニだの何だの言ってたんだな、ああ恥ずかちい。

「今の会話を聞いていて、思い付いたことがあるんですけど……聞いてもらえ
ますか?」

「う、うん」

「いいわ、言ってみなさい」

「お互いをおかずにするくらいなら、実際にしちゃった方がいいのでは?」

「「…………」」

 言われて、お互い今まで何を言っていたのか気付く。
 ちらりと秋葉と目が合ったが、どちらともなく目を逸らす。

「あー……この件に関してはまた後程検討します」

 たたた、と顔を赤くしたまま居間から去る秋葉。
 俺はと言うと……琥珀さんに、背中をぽんと叩かれて。

「ほら、お兄さんなんですから慰めてあげないと」

「あの……この場合の慰めるって、違う意味にも取れちゃうんだけど」

「うふふ、その辺は志貴さんにお任せします」

 俺の染み付きシーツを抱えたまま、くすくす笑う琥珀さん。

「秋葉様が駄目だったら、私や翡翠ちゃんに声をかけてくださいね」

 ついでに、止めの一言まで言われて。

「ぶふぅ!」

 危うく眼鏡が外れるところだった。

「そ、その件に関してはまた後程!」

「あらあら、兄妹だけあって言うこと一緒ですねー」

「琥珀さん、そんなにいじめないでよ」

 俺も顔を真っ赤にしながら、居間から退出する。
 行き先は……そうだな、琥珀さんの言う通り秋葉との話し合いが先か。
 翡翠にも後で謝っておかないとなぁ。

「うー……」

 あんなことを言われた直後だと、秋葉のそんな姿やあんな姿をついつい想像
してしまう。

 いや、だって。
 でも、しかし。

 頭を振っても消えない妄想に包まれながら、秋葉の部屋へ向かうのであった。






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