あかりちゃんがんばる!

ToHeart:神岸あかり
「あかりちゃん、浩之ちゃんにおぶさっちゃう」






 がららららっ……。

「……遅えぞ、何やってたんだよ」

 今日の最後の時間割、体育の授業が終わった後。
 ちょっと汗ばんだ体操服姿のままで、教室の扉を開けた私。

 浩之ちゃんの他に誰もいない教室は、夕焼けでオレンジ色に染まっていて。

「ご、ごめんね。私の方から一緒に帰ろうって誘ったのに」

「ったく……あと3秒遅かったら、置いて帰るところだったぜ」

 うふふっ……そんなことを言ったって、ちゃんと私を待ってくれていた浩之
ちゃんが嬉しいよ♪

 ひょこっ、ひょこっ。

 そんな風に、片足を引きずって自分の机まで行く私。
 そうなのです。体育の時間に足首をひねってしまったのです。

「足……どうかしたのか?」

「ううん、何でもないよ」

 軽い捻挫だって、保健の先生も言ってたし。
 浩之ちゃんをずーっと待たせちゃったんだから、急いで帰る準備をしないと
いけないもん。

「また足怪我したのかぁ……本当にトロい奴だな、お前」

「う、うん。保健室に行ってたから遅くなっちゃって……」

「ったく……他の女子も薄情だよなぁ」

「違うよ。大したことないから、みんなには先に帰ってもらったんだよ」

 だって、浩之ちゃんと一緒に帰る約束をしていたから。
 浩之ちゃんと、一緒に帰りたかったから。

 そして浩之ちゃんは、私のことをずーっと待っていてくれた。
 それだけで、とっても幸せな気持ちになっちゃう私なのです。

「ふ〜ん……」

「あ……そうだ、制服に着替えなくちゃ」

 みんなに頼んで、更衣室から着替えを教室に持って来てもらっていたの。
 私の机の上に、綺麗にたたまれたセーラー服。

 ……浩之ちゃんの前じゃ、ちょっと恥ずかしいかな。

「あの、浩之ちゃん……ちょっとの間、廊下に出ててくれる?」

「お、おう」

 制服を胸に抱えて浩之ちゃんを見ると。
 ちょっと赤い顔をしながらも、こくんと頷いてくれて。

 がらららっ……。

「…………」

 浩之ちゃん、覗いたりしないよね。
 ……浩之ちゃんなら、覗いてくれても構わないんだけどなぁ……。






 ブルマの上から、スカートを履いて。
 上衣も脱いで、机の上に置こうとして……。

「きゃっ」

 がたたんっ!

 片足立ちでの着替えって、とっても不安定。
 バランスを崩しちゃって、机や椅子にぶつかりながら床に転がっちゃって。

「ど、どうしたあかりっ!?」

「ひ、浩之ちゃぁん……」

 がららっと勢いよく開かれた、教室のドア。
 慌てて入って来た浩之ちゃんは、私の方に駆け寄ろうとしたけれど。

「う……だ、大丈夫か?」

 視線を明後日の方に向けながら、ぼそりと呟く浩之ちゃん。
 ……私はスカートとブラジャーだけの姿で、床に倒れていたわけで。

「だ……大丈夫……」

 スカートの中、見られちゃったかも。
 ブルマだけど、とっても恥ずかしいな。

 ……って、上はブラジャーだけだよっ!?

「その……手伝うからさ、お前1人だとまた転びそうだし」

 目線を逸らしたまま、私の方に近付いて来る浩之ちゃん。
 ……私も恥ずかしいけれど、浩之ちゃんも恥ずかしいみたい。

「うん……ありがと」

 静まり返った教室の中、何だかぎこちない私達。 
 夕焼けに紛れて、真っ赤な顔がバレませんように……。

「ほ、ほれ……肩貸してやるから、早く上着着ろよ」

「う、うん……ありがと、浩之ちゃん」

 私の傍に寄って来て、ふいっと後ろを向く浩之ちゃん。
 大きくて広い背中、それを眺めていた私は……。

「きゃ」

 ぽふっ。

「お、おおっ!?」

 よろけたフリをして、浩之ちゃんの背中に飛び付いて。
 暖かい温もりと浩之ちゃんの匂いに、とっても幸せな私……。

「ごめんね、浩之ちゃん……」






 浩之ちゃんに助けてもらって、何とか上着も着た私。
 体操服を何とか鞄に詰め込んで、帰宅準備完了なのです。

「さ、帰ろ? 遅くなっちゃったし」

「だ、誰のせいだよっ」

「……ごめんね」

 遅くなっちゃったのは、私のせい。
 誰かに言伝頼んで、先に帰ってもらってたらよかったかなぁ……?

「……で、歩けるのか?」

「う、うん……ゆっくりなら何とか……」

 ひょこっ、ひょこっ。

「……ったく、マジで日が暮れちまうぜ」

「ごめん……浩之ちゃんだけ、先に帰っていいから……」

「馬鹿。ここまで待たせやがったくせに、今更先に帰れだと?」

「本当にごめんね、浩之ちゃん……」

 いつもいつも、浩之ちゃんに迷惑をかけてばっかりな私。
 今日だって、待ちぼうけさせちゃった上に……怒らせちゃったみたい。

 ……何だか私、情けなくなって来ちゃったな……。






「……よし」

「え?」

「あかり、俺におぶされ」

「……えっ?」

「その足で無理したら、治るもんも治らねぇだろ」

 そう言って浩之ちゃんは、私に背を向けて屈み込んで。

「ほれ」

「……うん」

 ぽふっ。

「よっこらせっと」

「……浩之ちゃん、お爺さんみたいだね」

 立ち上がる時のかけ声が、何となく面白くて。
 くすくすっと笑うと、不機嫌そうに歩き出す浩之ちゃん。

「誰かさんが重いからだよ」

「……そんなことないもん」

 年頃の女の子に向かって、何て失礼な物言いなのよ。
 そんなこと言ったら、後で仕返ししちゃうんだから。






 てくてくてく、てくてくてく。

 ゆっくりと、ゆっくりと。
 私の足を気遣ってくれているのか、響かないように優しく歩いてくれている
浩之ちゃん。

「あかり……これ、貸しな。代わりに後で飯でも作ってもらうからよ」

「……うん、いいよ」

 そんなことなら、お任せあれ。
 貸し借りなんか関係なく、いつでも腕によりをかけて作ってあげちゃうんだ
から。

「あー……家に着く頃にゃ、真っ暗なっちゃうかもな」

 夕焼け空も、段々と薄暗くなって来て。
 私達の他には、下校生徒の数もまばらで。

 でも、私は……浩之ちゃんがいてくれるから、暗くなっても平気だよ。

「……浩之ちゃん」

「あ?」

 てくてくてく、てくてくてく。

「ありがとう、浩之ちゃん……」

 ぎゅうっと、浩之ちゃんにしがみ付く私。
 しばらくすると、何だか浩之ちゃんは段々前屈みになって行って。

「うふふ……」

 歩き難そうだね、浩之ちゃん。
 さっきのお返し、女の子の武器ってやつを使わせてもらっちゃうよ。

 ……私のは、武器と呼ぶには少し頼りないかもしれないけれど。






 ふにふにと、浩之ちゃんの背中にわざと胸を押し付けている私。
 そうしているうちに、歩く速度が段々と遅くなる浩之ちゃん。

「……どーしたの、浩之ちゃん?」

「あ、あかり……お前なぁ」

「えー?」

「……あー、やっぱ何でもねぇ」

「ふーん……♪」

 何と言うか、久々に浩之ちゃんに勝った気分だよ。
 あんまり私をからかうと、こぉんなお返ししちゃうんだから♪

「く、くそう」

「えへへ……♪」

 歩くのが大変そうな浩之ちゃんを眺めつつ、私はその背中で嬉しく揺られて
いるのでした。

 浩之ちゃんも、別に悪い気はしてないみたいだし。
 家に帰るまで……もう少し楽しませてよね、浩之ちゃん♪






<続くんです>
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