5/6(火)  晴れ



「あれから二週間か・・・・・・」

 彼は窓の外を眺めながら、誰にともなくそっとつぶやく。



 たった二人きりの卒業式。
 
 その時は、今を盛りと咲いていた桜も葉桜となり、目に眩しい緑を輝かせてい

る。







 『好きです・・・・・・ずっと・・・ずっと・・・。何年たっても必ず、必

ず会いに来ます』

 『待っちょる。待っちょる。何百年だろうとも、ずっとこのままで待っちょ

るけんの』







 あのとき、抱きしめたマルチの小さな体は涙をこらえるために小刻みに震え

ていた。にも関わらず、彼女は涙を見せなかった。彼に、余計な悲しみを与え

ないために。

 あの温もりは、柔らかさは決して忘れないと心に誓った。たとえ何百年経と

うとも。




 「・・・故に、この場合はこの公式を当てはめて・・・・・・」

 担任の八咫鴉先生が授業をしているらしいが、そのようなものは耳を右から

左に素通りしていく。心が虚ろだから。

 「はぅ・・・」

 思わずため息がでる。

 また、視線を窓のそとに移す。なにがあると言うわけではない。

 いや、何も無いということが、今の彼にとっては重要なのだろう。

余計なことを考えずにすむから。

 「じゃあ、この問題を解いてもらいましょうか・・・御護藤君、前で解いて

下さい」

 「はぁ・・・・・・・・・・・・」

 「御護藤君、御護藤君・・・・・・原征ぃ!!」

 八咫鴉先生は、優雅ともとれる仕種で手を縦にふった。

 教室の大部分の生徒たちは、先生がなにをやったのかわからなかっ

た・・・が。


 『スコーン』

 

 小気味良いほどの音を立てて、チョークが彼の額に命中した。

 ちなみに、彼の席は窓側の一番後ろである。

 「痛いがな・・・先生」

 彼が額を押さえて立ち上がる。少し、血がにじんでいるようだ。

 次の瞬間、爆発的に湧き起こる爆笑の渦。その渦中にあるのは、もちろん彼。

 「御護藤君、授業中になにをやってるの・・・」

 先生が、腕を胸の下で組み、そのセクシーな目線で舐めるように彼を睨んで

いる。

 背筋がぞくぞくするような目つきである。

 「あ〜。聞いちょり(聞いて)ませんでした」

 「そう・・・じゃあ、この問題を解くのとグランド30周するのと・・・ど

ちらがお好みかしら? 」

 「どっちも遠慮したいがのぅ・・・強いて言いうなら問題解く方」

 が、彼は動じることもなく真っ直ぐ先生の方を見て答えた。

 「じゃ、この問題を解きなさい。できなかったらグランド50周ね」

 「増えちょんやん(増えてるぞ)」

 「・・・・・・・・・・・・」

 先生は底冷えするような目つきで彼を睨んでいる。

 彼は、やれやれとばかりに肩をすくめて、改めて黒板に向かおうとする。

 『ちょいちょい』

 不意に、後ろから背中をつつかれた。

 振り返ると、あかりが心配そうにこちらを見ている。そして、問題の答えを書

いたノートをそっと差し出す。

 彼は、「心配いらんよ」と目で返事をして、ノートを見ずに前へ出た。

 そして・・・・・・・・・・・・。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

      〜僕のマルチ〜

       第01話   ただいま!!


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 すっかり日も暮れた、19:30。彼の自宅。

 彼の両親は、仕事の都合で家を空けることがおおい。そのため、帰った時に

誰か家にいるというようなことは、ついぞ記憶にない。

 その日もそうだった。

 彼は玄関に上がると、そのまま突っ伏して肩で息をしている。

 学校が終るのは15:40。

 そのまま速攻でグラウンドにでて、ぶっとうしで走り続けて50周走り終っ

たのが今から30分前。

 もはや、帰り着くのが奇跡みたいだ。

 もちろん、数学の問題が解けなかったせいである。あかりのノートを見てい

れば、あるいはこの事態を回避できたかもしれないが。

 そういう『ずる』を、彼はよしとしない。

 「ふふふふふふ。先生に感謝せないかんな」

 ずるずると、ナメクジみたいに這いずって、自分の寝室に向かいながら、彼

はそうごちる。

 普段なら、玄関に入ったとたんに、あの日の事を思い出し、彼の精神状態は

どつぼにはまる。

 そして、夜が明けるまでそのまま一睡もせずに、マルチとの思い出に浸って

たたずむのである・・・。


 夕食もたべずに、眠らずに、あの日マルチを見送った玄関口を見つめ続ける。

 しかし、今日はその気にならない。

 くたくたに疲れ果てて、自室まで這って行くのが精いっぱいの状況であるか

ら。

 だから、彼は先生に感謝するのである。今日は、落ち込まずにすんだ、

と・・・・・・・・・・・・。










5/7(水)



 
 「いちちちちち」

 「原ちゃん、急がないと遅刻だよ」

 「ああ、先に行っちくりい(行ってくれ)」

 昨日の影響で筋肉痛の彼は、あかりに引っ張られながら、登校していた。

 「そんな・・・」

 「冗談やがな。急ぐで」

 そういって、悲鳴を上げる筋肉を無理矢理酷使して、先を急ぐ。

 なんとも日常的な朝である。





 その日は、特に事件らしいものもおきなかった。

 彼は、見た感じ普段通りだったが、一人になると辛そうな表情を見せていた。






 5/8(木)




 この日も、特になにもなかった。




 5/9(金)




 放課後。

 「今日は久々に部活にでん(でも)顔出すかのぅ・・・・・・・」

 一人でいるとろくなことを考えないと分かってきた彼は、そう決めた。




 裏山。

 破れ寺がひっそりとたたずまいを見せる。今日も今日とて葵ちゃんが一人で

練習に励んでいる物音がする。


 『バシッ  バシッ  キシィキシィキシィ 』


 サンドバッグを叩く音と、鎖がきしむ音。

 「あ、御護藤先輩! こんにちは!! 」

 「あら、来たの・・・」

 「おや、坂下まで来ちょった(来てた)んか・・・葵ちゃん、こんにちは」

 名前だけのはずの幽霊部員、坂下好恵さんが、珍しく顔を出していた。

 「私だって、一応ここの部員ということになってるわよ。顔をだしちゃ悪

いっていうの!! 」

 「そう噛み付くなや。悪かった」

 「ふん・・・」

 「先輩、ここ一週間欠席してましたけど、どうしたんですか? 」

 「ああ。ちょっとな・・・」

 「ちょっとじゃないわよ。あなたがいないおかげで、私が呼ばれたんだから」

 「あの・・・好恵さん、迷惑でしたか? 」
 
 「別に・・・・・・」

 「ああ、すまんかった。一人で練習するのも限界があるけんなぁ」

 「すまなく思うのなら、これからはまじめに、葵の練習につきあってあげな

さい」

 「ああ、それやけど(それだけど)・・・坂下、組み手につきあってくれん

か?」

 その言葉を聞くなり、坂下好恵さんの額に青筋が浮かぶ。

 だ・れ・と・だ・れ・の

 なにかに耐えるような表情で、答えを返す。

 「儂と、坂下好恵さん、あんたとの」

 「馬鹿にしないで!! あんたみたいな昨日今日練習を、それもエクスト

リームみたいな、武道の道の字もないような恥さらし極まりない事を始めたあ

んたが、この空手初段の私と組み手ですって!! 」

 「非常識は重々知っちょるわい。そこを曲げてたのむ!! 」

 彼は深深と頭を下げた。

 「好恵さん・・・先輩もなにか考えがあっての事だと思いますし・・・そろ

そろ自分がどれだけ強くなったか知りたい時期なんでしょう。どうでしょう、

胸を貸すつもりで、受けていただけまんか? 」

 葵ちゃんが、そっと助け船を出す。

 「・・・・・・・・・・・・そうね。その思い上がった根性を叩き直してあ

げるわ」

 「ありがたい。手加減無用でたのむぞ」

 「怪我しても知らないからね」

 「承知!! 」

 こうして、ひょんなことから原征Vs坂下の組み手が実現した。

 もっとも、お互いがまともにぶつかり合えば勝負にすらならないことは自明

の理であるが。





 「では、ルールはエクストリームルールで。目突き、金的、ダウンしたもの

への打撃は反則。特別ルールとして、投げ技、決め技も禁止です」

 「特別ルールは無くてもいいわ。どうせ私は空手スタイルだし、あのアホに

いたっては、まともに戦えるかどうかも疑問よ」

 「アホはなかろう、アホは」

 「じゃあ、あなたに万が一でも勝つ可能性があるの!! 」

 「勝ち負けじゃなかろうが・・・」

 「それもそうね・・・・・・その性根、叩き直してあげる」

 「本気で来いや」

 


 「お互いに、礼。審判に、礼」

 お互いに一歩の間合いで立ち会い、構えをとる。

 坂下さんはオーソドックスな右半身(右を前に、正中線を隠す。両手は肘を

曲げて胸の横。足を前後に開いて、右蹴りを出しやすいようにする)の構え。

彼も同様に、葵ちゃん直伝の構え。ただし、こちらは左半身。

 ちょうど、お互いの右手と左手が接する構えだ。

 「始め!!」

 「ふっ」

 坂下さんが、短い気迫の声を出してステップインする。右左右の突きのコン

ビネーション。

 これを彼は無防備で全て受けてしまう。

 『ばし、ばし、びし』

 顔といわず、胸といわず突きを受ける・・・が、さしてダメージにはなって

いない。これは、ボクシングで言う所のジャブ、牽制のための突き。本命は、

これで上半身に注意を引き付けてからの右下段回し蹴り。膝の真横の靭帯に打

ち込むのがポイントだ。

 『バシッ!!』

 思いっきりいい音がした。クリーンヒット。

 鍛えようのない人体急所を痛打されて、彼の上体がぐらりと傾く・・・。

 「フン。こんなものね・・・!?」

 しかし、倒れない。最後の一瞬で踏みとどまった。

 「効くなぁ・・・・・・じゃが、まだまだや。さあ、次来いや」
 
 「今度こそ、怪我するわよ!!」

 「遠慮するなち(って)言いよんやろうが(言っているだろうが)」

 「・・・・・・・・・・・・」

 今度は黙って突っ込む坂下さん。水月に右突き、フック気味にテンプルに左

突き。彼が右によろめいたところへ、右の上段回し蹴り。今度は、彼が左に

吹っ飛ばされた所へ駄目押しの、左後ろ回し蹴りが胴体に。

 『ズシャー』

 彼が地面を滑る。

 「一本!!」

 葵ちゃんが、一本ありを告げる。

 「好恵さん、やりすぎです!!」

 「彼がのぞんだことよ」

 言葉は強気だが、やはり少し後味悪げに言う。

 「そうじゃ。儂の望んだことじゃ。きにすんなや・・・それより、二本めは

どうした?」

 『な!!』

 まさか、あの打撃を受けて再び立ち上げるとは、思っていなかったようであ

る。

 さすがに、滑った個所は擦り傷だらけで、右の額に出血が見られるが、それ

でも立っている。

 「二本目は?」

 「これ以上は危険です。やめて下さい!!」

 「二本目は?」
 
 「原征先輩!!」

 「二本めは!!」

 「・・・・・・二本め」

 迫力に押し負けた形で、葵ちゃんが勝負を告げる。

 








 ややして。

 「ハアハアハア・・・・・・・・・・・・」

 肩で息をしている。もう、ふらふらだ・・・・・・・・・・・・坂下さんが。

 彼は、全ての打撃をかわすことなく受けていた。にも関わらず、一方的に下

がって行ったのは坂下さんのほうだった。打撃を受けながらも、前に前に進む

彼の姿は、鬼気迫るのがあった。

 「化物め・・・・・」

 「うーむ、いい感じやな。アドレナリンが回ってきたわい」

 満身創痍でそう言われても、普段なら強がりに聞こえるのだが、この場合の

彼がそう言うと、すごく楽しげに聞こえる。

 実際、彼は楽しんでいる。打撃を受けることに、ではなくて受けることによ

り出てくる沈痛作用をもたらす脳内分泌物・・・脳内モルヒネを。

 この脳内分泌物というのが曲者で、格闘中毒と呼ばれる人種は全て、この分

泌物の中毒患者である。脳内モルヒネは、通常投与されるモルヒネの1000

倍以上の濃度をもつからである。

 他にも、感覚を研ぎ澄ます作用の分泌物だの集中力を増す分泌物だの、普通

に考えたら猛毒になりうる物質を、人間の脳は分泌する。

 「くっ・・・・・・・・・・・・」

 坂下さんが、今日何度めかのラッシュをかける。

 『バシッ、バシッ、バシバシバシ、ドカ・・・・・・』

 それでも倒れない・・・倒せない。

 「あんた・・・なにを考えてんのよ!!」

 「考えたくないから、こうして無茶しよん(無茶している)」

 ぼこぼこにされて、聞き取りにくいくぐもった声で、彼は答えた。

 「一種の逃げかも知れんがなぁ・・・・・・・・・・・・それでも、耐えら

れんことち(ことって)あるわ・・・普通人間、それは忘れることで生きちょ

んけど(生きているけど)、儂は絶対忘れんぞ。忘れてなるもんかい」

 「何を・・・」

 「苦しいけど、逃げたりしない。悲しい事から目を逸らさない。昔誓ったこ

とやった。今、それを破った罰を受けちょる(受けている)。じゃけん、もう倒

れない。さあ、本気で来い」

 「付き合ってられないわよ。あんた本当の馬鹿よ。大馬鹿。もう知らない」

 坂下さんは、彼に背を向けた。

 「あの、好恵さん?」

 「あの馬鹿の勝ちよ。私の試合放棄。ふん、馬鹿に付ける薬はないわ」

 「・・・・・・・・・・・・」

 口調とは裏腹に、彼女の顔には一種のすがすがしさがる。それは、おそらく

武道家にしかわからない共感を、彼にもったのだろう。彼はただのアホではな

い。紛れもない大馬鹿であると。

 してみると、馬鹿でもアホでも一流を極めると尊敬の対象になるようである。

 ともあれ、こうして組み手は終った。










 「ただいま〜」

 彼は自宅に帰ってきた。

 玄関をくぐり真っ直ぐ自室に向かおうとする。

 「おかえりなさい」

 突然に、誰かの声・・・女の声がした。あかりだ。

 「原ちゃん、ちゃんと玄関の鍵を掛けてとかなきゃ・・・どうしたの、その

傷!!」

 「ん、何でもない。ちょっと部活しただけや」
 
 「なにがあったの?」

 「何でもないち(て)言いよる(言っている)やろうが」

 「嘘・・・」

 あかりは、ひどく傷付いた悲しそうな目をして彼を見る。

 「マルチちゃんでしょ」

 「なんでわかるんかなぁ」

 頭をかきかき、彼はそうぼやく。

 昔から、あかりにだけは嘘が通じない。

 「なんで自分を傷付けるの?」

 「うーん。他が痛いけんかなぁ(痛いからかなぁ)」

 「他って・・・」

 「一番痛い所の傷をごまかすためにのぅ、他の所を痛めつけてしまうん

じゃ。まあこれは性分じゃけん、どげいしようもないわな」

 「そんな!!」

 「心配懸けて悪かったなぁ。でものお、こればっかしは譲れんのじゃわ。悪

いけんど、もう少しそっとしちょいてくりいや(そとしといてくれ)」

 「原ちゃん・・・」

 「すまん・・・」

 彼は頭を下げた。あかりにとって、彼がこんなに下手にでるのは初めての経

験だったので、事の重大さも実感できたというものだ。

 「わかった。もう止めない。でも、晩御飯だけはちゃんと食べてね・・・一

生懸命作ったから・・・・・・・・・」

 あかりは、涙をこらえながらそう言うのがやっとだった。

 だから、顔に片手を当てると一目散に玄関を駆け抜けて、後ろを振り向かず

に去って行った。

 

 その日の晩御飯は久々の晩御飯だったにも関わらず、なぜか塩味がきいてい

た。








 5/17(土)


 朝。今日も快晴なのが良く分かる日差しが玄関の中まで差し込んでくる。

 昨日も昨日とて、彼は帰って来るなり玄関に座り込みまんじりともせずに夜

を明かした。

 さすがにこういう日が長く続くと精神力はともかくとして肉体がもたないら

しく、珍しく昨晩はうとうとしてしまったようだ。

 そして、彼は夢を見た。































 彼は朝を迎える。しかし、彼はまだ目覚めない。玄関に座り込みうつむいた

まま眠っている。

 と、そこに一条光が差し込む。玄関のドアが開けられたから。

 最初は逆光で、だれがドアを開けたかわからない。しかし、シルエットでみ

える人影は、小柄で細身でスカートをはいているのがわかった。

 そこで彼は目を覚ますのだ。

 弾かれるようにして顔を上げる。

 眩しい光が彼の目を焼く。

 彼はその小柄な人影に淡い期待を抱く。もしかして、彼女が帰ってきたので

はないかと。

 彼はその人影を見つめる・・・30秒、1分、2分、3分・・・。

 しかし、人影はなにも言わない。ただ、玄関にたたずんでいるだけだ。

 初雪の結晶のような、淡い、ほのかな期待は木っ端微塵に打ち砕かれ、絶望

へと変わる。

 「あの・・・ここは御護藤 原征さんのお宅でしょうか?」

 玄関口の女の子が口を開いた。しかし、彼の耳に・・・いや、心には届かな

い。

 「あの、もしかして違いましたでしょうか?」

 女の子は少し涙声になった。その声までもが、あの声に似ていてさらに彼の

胸を締め付ける。

 あの日、彼の腕の中でうっとりとしていたマルチ。あの日、涙をこらえて別

れたマルチに・・・・・・。

 だから、彼は何も言えずに、なにも反応できずに過去の幻影を追っているだ

けだった。

 「違うんですか・・・すみません。間違えてしまった様です。失礼しました」

 女の子は静かに玄関を閉めると出て行った。

 最後になんとなく、本当になんとなくだけれど、彼は顔を上げた。そして見

たのだ。見紛うことなきあの耳飾りを。アンテナのような、イアーウィスパー

のような、特徴的な耳飾りを。

 「マルチ!!」

















 そこで目が覚めた。

 彼はドアを叩きつけるかのように乱暴に開けると、靴も履かずに玄関を飛び

出し、表通りに出た。

 取り憑かれたかのように、辺りを見回す。

 マルチ!! マルチ!!  帰ってきたのか!!   




             マルチ!!




 「やっぱり夢やったんか・・・マルチ・・・」

 表通りには人っ子一人いない。

 ただ、早朝の空気と餌をついばむ鳥・・・すずめだろうか・・・が地面を跳

ねているだけだ。

 何度見直してもそれは変わることなく、制服を着た、高校生とは思えないほ

どチビっちゃくて、頑張り屋で、それでいて寂しがり屋で、甘えん坊で・・・

そして、自分だけの自分だけのメイドロボットであることを誓ってくれた、あ

のマルチは、いなかった。

彼は居たたまれない気持ちになった。

 「畜生・・・マルチ!!」



 『ガツッ!!』

 

 彼は拳も砕けよとばかりに、力任せに壁を殴る。パラパラと壁の破片が舞

う。 

 「はい・・・あの、何か御用でしょうか?」

 不意に背後からそのような声がした。

 彼は時間が止まったかのように身じろぎ一つできない。

 「あの?」

 また声がする。

 「マルチ?」

 背中を向けたまま、彼は恐る恐る声を掛けてみた。

 「はい」

 声の主はそう返事を返す。

 しかし、まだ振り向けない。恐ろしいから。

 さっきの夢見たいに、また自分の前からマルチが消えてしまったら、もう耐

えられはしないだろう。

 「どうかしましたか?」

 とことことこ。声の主はこちらに回り込んでくる気配だ。

 彼は反射的に目をつぶった。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン・・・。

 心臓の音だけが聞こえる・・・。

 いつまで目をつぶっていただろうか?

 一体どれほどの時が過ぎただろうか。

 彼はついに目を開けた。

 そして見た。

 真っ直ぐ立っても自分の鳩尾辺りにしか背が届かない、小さな体。おかっぱ

の髪の毛は少し緑がかっていて、そして少し大きな垂れ気味の瞳。特徴的な耳

飾り。

 彼女はじっとこちらを凝視していた。

 そして彼もまた、何も言えずにその姿を凝視している。

 



 「マルチ?」


 「はい」


 「マルチ?」

 
 「はい!」


 「マルチ!!」

 
 「はい!!」











 「マルチ!!!!!!!!」


 「はい!!!」


 後は言葉にならなかった。

 ただ、乱暴にマルチを引き寄せ渾身の力を込めて抱きしめる。

 「本当にマルチか? 本当の本当に」

 「はい。マルチです・・・マルチです」

 「本当の、本当の、本当にか!!」

 「はい。本物のマルチです・・原征さん」





 柔らかいその体、暖かい感触。

 まさにマルチだ。夢にまで見たマルチだ。
 

 「帰ってきたんやなぁ・・・・・・・帰ってきてくれたんやなぁ」

 「はい。帰ってきました。帰ってきました。原征さん・・・・・・いえ」


 マルチは少し顔を赤らめて、それでいてはっきりと言った。















 「ただいま帰りました。私のご主人様」

















−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−





 できた、できた。ついにできた。

 ここにお届けします、マルチ小説『僕のマルチ』です。

 タイトルは・・・もう説明するまでもありませんね。アレです。まあ、軽い

ギャグですので、お気になさらないように(笑)。



 とりあえず、このシリーズのコンセプトは、ズバリ!!





読者の方々に、ごろごろ転げまわって頂こう(大爆笑)



 です。

 大いに恥ずかしいシーンを入れていきますので、赤面してそのあたりを転げ

まわって下さい。

 あと、感想などを頂けると、私としても次のお話をもっとラブコメパワーを込

めて書く事が出来ますので、ぜひとも感想下さい(笑)。



 では、今回はこの辺で。

 次回を首を長くして待っていてね(はぁと)。



春「うむっ! やっとマルチと再開だっ!」
舞「やっと、って……第1話なんですけど」
春「いいのだ、話の中ではお待ちかねだったのだっ!」
舞「そうですね、続きが気になるところです」
春「というわけで皆さん、あのよろしさんへ感想メールをどうぞっ!」

<続く>
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