単発らぶらぶ小説 その64

セイテンノヘキレキ。








「アスカぁ、そろそろ起きないと遅刻するよ〜」

 キッチンで朝食を用意していたシンジが、フライパンを振り振り叫ぶ。
 保護者であるハズのミサトと同居人のアスカの献身的な努力により、根暗で
ひ弱だった少年が今では葛城家の立派な賄い夫である。
 彼は家事の一切を任されたばかりか、2人の目覚まし役まで兼任していた。
 日課の朝風呂や支度にかかる時間も含めて考えるに、歩いて学校に行くには
かなり微妙な時刻になっていた。

「ぅぁーぃ……」

 低血圧であることを差し引いても、アスカの返事は起きる意思というものを
全く感じさせなかった。

「全く……毎晩夜更かししてるからだよ」

 昨夜もテレビの前でごろ寝していた姿を思い出しながら、シンジは溜め息を
つく。
 どうやら今日も汗だくになって教室に到着する羽目になりそうだ。

「アスカ、早く起きてってば」

「むにゅぅ〜……あと3時間だけ……」

 5分や10分でないのがアスカの器を如実に現しているが、ことがことだけ
にシンジにとって笑って済ませられない問題だ。
 何しろアスカに付き合っていたら、自分まで遅刻してしまうのだ。

「いつも同じこと言って……先に行くよ? もうギリギリだし」

「うー……」

 シンジは首を傾げた。
 普段ならここでがばっと跳ね起きて『ふざけたこと言ってんじゃないわよ!』
と烈火の如くまくしたてるハズなのに、と。
 アスカが低血圧気味であることを差し引いても、今日は妙に勢いがない。

「……もしかしてアスカ、具合でも悪いの?」

「ん? んー……ちょっと、熱っぽいかも」

 だらんと顔を横に向けたアスカの目は、茫洋として焦点が合っていなかった。
 シンジを見れば親の仇のように睨み付けるくせに、今日に限って。

「ちょ、ちょっとごめん。熱計るね」

 一応断ってから、アスカの額に手を伸ばしていく。
 寝汗で張り付いていたと思った、普段は柔らかな栗毛に指を埋めるシンジ。

「あ……本当だ。熱があるね、アスカ」

「うー……ドイツ人、嘘つかない。何だか熱っぽい」

 正直に言えばドイツ人ではないのだが、それはこの際置いといて。
 アスカの額が己の体温より高いことに、シンジは少々慌て始める。

「アスカ、熱っぽいだけ? 頭痛いとか、吐き気がするとかない?」

「ううん……今は、熱っぽいだけ……もうちょっと休んだら起きるから、先に
行ってていいわよ」

「無理しないでいいよ、アスカ。風邪だろうけど、大人しく寝てた方がいいよ」

「……だってアンタ、学校行くんでしょ?」

「いや、行くつもりだったけど……僕が看病しなきゃいけないでしょ」

 仮病ならまだしも、実際に熱があるのだ。
 正確な温度はこれから測るとして、ひとまず体勢を整えなければなるまい。
 シンジはシャツのボタンをひとつ外して、ベッドの横に腰を下ろした。

「アスカ、食欲はある? お粥はすぐに作れるし、うどんもコンビニで買って
急いで用意するけど……」

「んーん……お粥がいい。卵の入ったやつ」

「うん、わかった。急いで作ってくるから、ちょっと待っててね」

 『鬼の霍乱』という言葉が脳裏をよぎったが、口には出さない。
 恐らく風邪だろうけど、食欲があるだけ儲けものだ。
 シンジはアスカの髪をそっとなで付けて、静かに部屋を出た。






 しばし後。
 ほこほこ湯気を立てるお粥、氷枕にタオル。
 それらを携えて、再びアスカの部屋に入るシンジ。

「アスカ、お待たせ。お粥出来たよ」

 会心の味付けが出来た流動食を、誇らしげに掲げてみせる。
 だがアスカは興味なさげに、小刻みな呼吸を繰り返していた。
 どうやらシンジが思っていた以上に、症状は深刻らしい。

「ん……ありがと」

「……もしかして、結構つらい? お医者さん行く?」

「そんなに酷くないから……いい……」

 いつもの喧嘩腰の罵倒が出てこないので、シンジは余計に不安になってくる。
 『アタシを甘く見るんじゃないわよ!』……と、その程度の口撃は覚悟して
いたのに。

「じゃ、じゃぁ……ちょっと冷めるまで、汗拭いて。タオル持ってきたから」

「うん……」

 アスカはタオルを受け取り、ゆっくりと顔や首筋を拭っていく。
 緩慢過ぎる動作に、シンジは改めてアスカが病人なのだと再確認した。

「っ……ん、ぅん……」

 彼女の艶かしい仕草に目を奪われつつ、枕元にお粥と氷枕を置くシンジ。
 これ以上は、シンジが立ち入ってはならない領域だ。
 そう考えた彼が一旦立ち去ろうとした時、アスカがのそっと身を起こした。

「ん……氷枕、ここに入れて……」

 布団をめくり、汗でぴっとり貼り付いたパジャマの脇の下を示すアスカ。
 胸元の隆起も、その頂点の小さな突起すら見えるのに。

「え? あ、いや……その前に、着替えした方がいいんじゃないかな……」

「面倒臭い。べたべたするし……新しいパジャマ出して、シンジ」

「あ、パジャマは……ベッドの下に入ってるけど……」

「アタシ、億劫だから……出して。早く着替えたいの……」

 どくん、とシンジの胸が高鳴る。
 彼は今まで、アスカの着替えなどという場に同席したことはない。
 アスカ自身が、シンジを目の敵にして排斥していたからだ。

「ねぇ、早く着替えさせて……汗でキモチワルイ……」

「うっ、うん……」

 熱のせいで正常な判断が出来ないのか。
 ともあれ彼女が望んでいる以上、シンジは従うしかない。
 湿った布地を、出来るだけ肌に触れないようにして脱がせてゆく。

「んっ……」

 熱い。
 蒸発した汗が、アスカの体臭となってシンジの鼻腔に届く。
 決して不快な匂いではなかった。
 甘くも思える女の子の香りを出来るだけ吸い込まないようにしながら、彼は
貼り付いたパジャマを脱がせる。

「……あ、汗……拭かなきゃね……」

「ん……シンジが拭いて……アタシ、すんごくだるいから……」

「い、いいの? 怒ったりしない?」

 シンジの問いに、こくんと弱々しく頷くアスカ。
 彼をからかおうとか、ましてや触れたから怒るという雰囲気は全く感じられ
ない。
 シンジは緊張して唾を飲み込むと、乾いたタオルをそっと拾い上げた。

「じゃ、じゃぁ……拭くよ、アスカ」

 一応断り入れてから、タオルをアスカの肌に這わせる。
 額や頬、喉元を優しく拭っていく。
 苦しげな呼吸をしながらも、アスカは心地よさそうに吐息をついた。

「はぁぁ……っ」

「……本当、こんなに汗かいて……気持ち悪かったね、アスカ」

「うん……もっと拭いて……」

 彼女はくい、とパジャマの胸元を広げる。
 シンジは上気した膨らみに顔を赤らめたが、今はこの程度で恥ずかしがって
いる場合ではない。
 そっと、柔らかな胸を潰さないよう慎重に汗を拭う。

「んっ……あ、はぁぁ……」

「アスカ……痛かったら言ってね」

「ん……だいじょぶ」

 わずかに赤みの差した白磁の肌が、シンジの手の形に歪む。
 あくまでも柔らかく、そしてタオル越しに高めの体温が伝わってくる。
 シンジは不謹慎にも高鳴る鼓動をどうにか抑え、アスカの全身を拭う。

「着替えは出しておくから……アスカ、自分で着替えられる?」

「うん……背中も拭いてくれたら……着替える……」

 そう言って、アスカはころんと半回転。
 汗の跡が、シーツにじっとりと染み込んでいた。

「具合悪かったら、最初からそう言いなよ」

「……アンタなんかに弱味見せるの……何か、嫌だったのよ」

「アスカってば、こんな時まで……それで、どう? 単なる風邪?」

「だと思う。寒気がするけど、死にそうって程でもないし」

 よかった、と安堵するシンジ。
 だが彼には、汗で張り付いたパジャマを脱がせるという大役が残っていた。

「……じゃ、じゃぁ……腕、少し上げて。背中拭くから」

「うん……」

 絞れそうな程ぐっしょり濡れた寝衣を、ゆっくり剥ぎ取っていく。
 なるべく見ないようにしていたのだが、どうしても彼の目はアスカの肌へと
吸い込まれていってしまう。

「ん……ちょっと涼しーけど……下着も替えたい……」

 うつ伏せになったアスカの胸が、ベッドとの狭間で柔らかく潰れていた。
 タオル越しに触れた感触を思い出して、シンジはまたも赤面する。

「ぼっ、僕はそこまで出来ないからっ! 悪いけど、自分でね!?」

「えへへ……わかってるわよ。何考えたの? シンジのエッチぃ」

「っく……」

 どうやら、まだシンジをからかうだけの元気は残っているらしい。
 彼は悔しげに唇を噛みながら、タオルを背すじに這わせ始める。
 美しい稜線に浮いた汗粒を拭っていると、アスカの喉から子犬のような声が
漏れてきた。

「ん、くぅぅん……気持ちいい……」

「そ、そう? まぁ、汗だくだったもんね」

 彼女の身体が、普段より華奢に見える。
 痛くならないようにと加減しながら、潰れた胸元が覗ける脇腹を通り抜けて
いく。
 アスカの汗の香りはますます濃さを増し、シンジの嗅覚を麻痺させて次第に
意識まで薄れさせる。
 無駄な肉のない引き締まった肢体に見惚れているうちに、シンジの手は腰の
方まで下りてしまっていた。

「あ、そこから先は……駄目……」

「ご……ごめん。じゃぁ、僕は外に出てるから、着替え終わったら呼んでね」

「ん……」

 シンジは我に返ると、慌ててベッドの傍から飛び退いた。
 咎められなかったら、あのままアスカの下半身にまで手を伸ばしてしまって
いただろう。
 でも、もし咎められなかったとしたら。
 そんな妄想を必死に振り払ったシンジは、アスカの顔を見ないように部屋を
出た。 






 落ち着け、落ち着け。
 何度もそう自分に言い聞かせながらも、ふと握り締めたタオルに気が付く。
 アスカの汗をたっぷり吸い取った布。
 知らず知らず、シンジはそれを自らの口元に押し当てそうになる。

「……はっ!? 嗅いじゃ駄目だ、嗅いじゃ駄目だ……」

 こんな真似をしてはいけない、アスカに見付かったらどうなることか。
 頭ではわかっているのだが、甘酸っぱい芳香は麻薬のようにシンジの理性を
とろけさせてゆく。

「んっく……ちょ、ちょっとだけなら……ばれないかな……」

 湿ったタオルが、至極魅力的に思える。
 でも抗う意思さえかすれさせる、とてもいい香りがかすかに漂っていた。
 ちょっとだけ、幸いアスカは着替え中で気付かないだろうし……。

「……シンジ……着替えた、よ」

「ひゃっ!? う、うんっ!」

 不意に聞こえてきた弱々しい声に、跳ね上がって驚くシンジ。
 ばたばたと意味もなく大きな足音を立てて、再び部屋の中へ入る。
 アスカはボタンを飛び飛びに留めただけで、気だるそうに床にぺたりと座り
込んでいた。

「ん……何びっくりしてんのよ……もしかして、着替え覗いてた?」

「いっ、いや! まさか、何にもしてないよっ!?」

「ふーん……ま、いいけど……ついでに、シーツも替えてくれる?」

 よかった、気付かれたわけじゃないみたいだ。
 シンジは言いようのない背徳感に包まれつつ、タオルをポケットにねじ込む。
 ある意味、素直に覗きをしていた方が健全だったかもしれない。

「あ……うん。すぐやるから、ちょっと待っててね」

 ベッドの下の物入れから新しいシーツを出し、急いで張り替える。
 そうしている間、アスカは熱に浮かされ。
 あっちへゆらゆら、こっちへゆらゆら。
 遂には自身を支えきれず、ぐにゃりと床に突っ伏してしまった。

「うわっ、アスカ? 大丈夫……じゃないよね」

「あー……うん。ちょっとつらい、かも」
 
 泥酔したかのようにぐでんぐでんのアスカは、ずりずりとベッドに這い上が
ろうとする。
 しかしながら、普段は何てことない高さまで上ることが出来ない。

「うー……抱っこして、シンジ」

「う、うん」

 せめて先程の行為の償いになればと、シンジはそっとアスカの身体を抱く。
 想像以上に軽いし、着替えたばかりのパジャマ越しに伝わる感触も柔らかい。
 だが彼女の身は焼けそうに熱く、シンジは己の下卑た欲望を恥じた。

「よっ……と。結構酷いみたいだね。やっぱり、お医者さんに行こうよ」

「いいわよ、寝てれば治るから……」

 そう言いながら、もう湯気も立たなくなってしまったお粥へ目を向ける。
 彼女がどこか怯えた様子なのは、病気のせいだけではなさそうだった。

「……注射……されるんだもん……」

「え?」

 ぼそりと漏れた呟きがよく聞こえず、首を傾げるシンジ。
 しかし、アスカは誤魔化すようにぷいっと顔を背けた。

「なっ、何でもない……それよりお粥食べる。薬飲まなきゃなんないし」

「あ、もう冷めちゃったね。作り直してくるよ」

 そう言いながら、先程命じられた通りアスカの脇の下に氷枕を差し入れる。
 何だかもう、恥ずかしいという感覚も薄れてきた。
 すると、何故かむっとした表情。
 ただでさえ真っ赤なアスカの顔が、より赤くなったような気がする。

「ぬるくても冷たくてもいいから、食べるの。アンタは薬の用意してきなさい」

「う、うん……それじゃ」

「もう……馬鹿なんだから」

 何かマズいことでもしたのだろうかと悩みながら、シンジは救急箱を探しに
いくことにした。
 その背中を、アスカがぷぅと頬を膨らませて見送っていた。






 数分後にシンジが戻ると、お粥は半分程に減っていた。
 食欲があるのは何より、シンジは心からの微笑みを向ける。

「よかった。後は薬飲んで寝るだけだね」

「うん……こんなに残しちゃって、ごめん」

 さっきのお怒りはどこへやら、申し訳なさそうに食べ残しを差し出すアスカ。
 シンジはにこにこ笑いつつそれを受け取り、代わりに粉薬と水を手渡す。

「無理しなくていいよ。それより、はい。風邪薬」

「……あれ? シロップじゃないの?」

「…………」

「……あぅ……」

 アスカの額に、大きな汗粒が浮かんだ。
 高熱からくるものとは違う、見るからに冷たい汗が。

「あの、アスカ? もしかして、シロップの風邪薬しか飲んだことないの?」

「……こ、粉薬はちょっと……苦いから……」

「駄目だよ、アスカ。お医者さんに行きたくないんだったら、せめて薬だけは
きちんと飲まないと」

「ど、どーしても飲まなきゃ駄目?」

 困ったように上目遣いになったアスカを見て、シンジも困り果てた。
 まさかこの歳になって、子供用風邪シロップを所望するとは。
 シンジは覚悟を決め、白い粉薬の包みを破る。

「どうしても。アスカの為なんだから、無理にでも飲ませるよ」

「や、やだ……嘘でしょ? 無理矢理なんて、シンジらしくない……」

「アスカこそ、病人らしくしてよ。ほら、口開けて」

「ひっ……あ、あぅ……嫌ぁっ……」

 薬とコップを手に、じりじりとアスカに覆い被さっていく。
 今の彼女には、シンジを押し退ける力などあるハズもなかった。






 時計を眺めながら、そろそろお昼の用意をしようかと思っていた頃。

「アスカ、風邪引いたんだってー? 災難だったわねぇ」

 差し入れのつもりか、お菓子や漫画雑誌を大量に抱えてミサトが帰ってきた。
 シンジが電話を入れたのは学校だけだったが、保護者である彼女にも連絡が
回ったのだろう。

「あ、ミサトさん。お帰りなさい」

「ううん、まだ仕事中なんだけど……アスカの具合はどう? もし何だったら
リツコ呼ぼうか?」

「薬飲んで、大人しく寝てるところですよ。さっき測ったら熱も下がってたし、
明日には元気になってると思います」

「そっか。じゃぁ一応寝顔見てから本部に戻るわね〜」

 どうやらわざわざ仕事を抜け出して、容態を確かめにきてくれたらしい。
 いや、これも仕事のうちかもしれないが……お見舞いの品は、どう考えても
自腹を切ったのだろう。
 シンジは素直に、気のいいお姉さんに感謝することにした。

「しっかしまぁ、あのアスカが風邪引くなんて珍しいわねぇ」

「そうですよね。明日は雪でも降るんじゃないですか」

「んなこと言ってシンちゃ〜ん? 弱ったアスカに悪戯しちゃったんじゃない
のぉ?」

「しっ、してないですよっ!? そんなの、治った後が怖いし……」

「まっ、それもそうよね。若いんだもん、まだ死にたくないわよね〜」

 ミサトは、あははと気楽に笑いながらアスカの部屋へ足を踏み入れる。
 その後に続いて、シンジも様子を見に入った……のだが。

「ああっ、ミサトぉ……よかった、助かったぁ……」

 ずるりとベッドから這い出したアスカは、すがるようにミサトの足を掴む。
 わけがわからない二人は、ただ目を白黒させるばかり。

「えっ? どうしたのよ、アスカ?」

「うーん……シンジが、無理矢理白いのを飲ませて……にがっ……ううっ」

 アスカは乱れたパジャマを、これみよがしにつまみ上げてみせた。
 生来の寝相の悪さにプラスして、適当にボタンを留めていたせいでほとんど
脱げかけてしまっていた。
 ふるんとまろび出るふたつの膨らみ。
 そう、これではまるで……。

「……はっ! ま、まさかシンジ君っ!? アスカが動けないのをいいことに、
あれやこれやしたい放題っ!?」

「ええっ!? ちっ、違いますってば! 僕は何も……」

「脱がされたり、色んなとこ触られたり……は、恥ずかしくて……これ以上は
言えないっ」

「あああアスカっ!? 何言ってんだよ、僕は看病してただけじゃないかっ!」

 確かに彼女の言葉は事実ではあるのだが、表現が明ら様に誤解を招くものに
変わっていた。
 そのことを必死に説明しようと口を開いたが、時既に遅し。
 アスカは床にうずくまって、小さくすすり泣き始めた。

「ぐす……アタシ、お嫁に行けなくなっちゃった……っく、くすん」

「なっ、何ですとっ!? 私ですら久方ご無沙汰なのに、シンジ君ってばっ!」

「ぼ、僕は潔白ですっ! 信じてください、ミサトさんっ!」

「羨ましいったらもう、貴方達まだ中学生のくせに――――っ!」

 一時の気の迷いは何とか抑え込んだというのに、それも虚しくミサトの勢い
に打ち消されて冤罪な上に有罪。
 シンジがどう言い訳しようとも、泣きじゃくるアスカの前では最早無意味。
 顔を伏せた彼女が嘘泣きをしていて、ちろりと舌を出しているなんてミサト
には知る由もない。

「さぁ、シンジ君! こうなったら詳しく話を聞かせてもらうわよ! どんな
風にアスカを手篭めにしたのか!」

「してませんってばぁ! アスカも、頼むから本当のこと言ってよーっ!」

「……どうなの、アスカ?」

「アタシ……ぐすっ……初めて、だったのに……」

「ぬむぁっ!? こ、これで疑う余地ナッシン! これから微に入り細に入り
初体験談告白ターイムっ!」

 ミサトは鼻息も荒く、シンジの首根っこを掴んでずるずると引きずってゆく。
 彼の身に覚えのない既成事実を根掘り葉掘り聞き出す気満々だ。

「そいじゃ、傷心のアタシはもうひと眠り……っと」

「……酷いや、アスカ」

「じゃぁね、シンジっ♪」

 アスカは喧騒を他人事のように、のそのそとベッドに潜っていった。
 彼女の病が伝染ったか、シンジの背すじにぞくぞくと寒気が走る。
 何て恐ろしい仕返しだろう。
 もしも無事に、この危機を乗り切ることが出来たなら。
 今度はちゃんと子供用風邪シロップを用意しておこうと、彼は心に決めるの
だった。






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