単発らぶらぶ小説 その55

そーなんです








「アスカぁ、本当にこっちでいいの?」

「何よ、アタシの言うことが信用出来ないって言うの?」

 辺りは闇に包まれ始めた頃。
 深々と雪が降り積もる中、明かりも地図もコンパスもなしに手探りで山の中
を進む僕達。
 ただみんなでスキーに来ただけなのに、何故にこんなことになってしまった
のだろう。あの時超上級者コースに行こうとしたアスカを、無理にでも止めて
いたなら……。

「大体、アンタがろくに滑れもしないくせにアタシに付いて来たのが悪いんで
しょーが」

「だって、1人だけで行動するなんて危ないよ」

「そのおせっかいな誰かさんのせいで遭難したんでしょーが!」

 そう。
 僕がコースを外れて滑って行ってしまったところを、アスカはそれを追って
来てくれたのだ。
 変に気を回さずに、下で待っていたならアスカは無事に滑り降りて来たこと
だろう。

「ごめん……」

「……まぁいいわ。アタシを心配してくれたってのは、そこはかとなく嬉しい
し……」

「え?」

「何でもないわよ」

 そう言って、ざざっと歩を進めるアスカ。
 遅れないように見失わないように、その後を付いて行く僕。

「多分この辺だと思うんだけど……」

 きょろきょろと、何かを探しながら。
 
「何探してるの? アスカ」

「ああ……ゲレンデで地図見た時に、この辺に小屋があるの覚えてたのよ」

「よく覚えてたね、そんなの」

「アタシは誰かさんと違って、向こう見ずに行動はしないのよ」

 うう、言葉にトゲが。
 でもさすがはアスカ、手抜かりなしって感じ。

「あ、ほらあった」

「本当だ」

 大量の雪に埋もれかけてはいたけれど、確かに小さな小屋があった。
 氷柱がないことから察するに、ほとんど使われていないものだと思われる。

「さ、とりあえずあそこに行くわよ。電話……はなさそうね。無線でもあれば
いいけど」

「う、うん」

 本来なら、男である僕がしっかりアスカを守らなきゃいけないのに。
 全く逆の状況に、どっしりと情けなさを感じる僕なのであった。






「……電話なし無線なし、おまけに電気もなしっと」

 懐から銀色の何かを取り出しながら、アスカは小屋の中を物色している。
 雪明かりって言うのか、もう夜なのにうっすら小屋の中が見渡せた。

「あー、寒い……何か燃やすものないかしら」

「燃やすって言っても、火は?」

 片隅にストーブはあるけれど、薪をくべるタイプだ。
 このご時世に……とは思ったけれど、電気すら通っていなければ当然か。

「これ使うのよ。こんなこともあろうかと、持って来て正解だったわ」

 言って、その銀色の角片……金属らしいものを見せる。

「ところでアンタ、食べるもの持ってない? チョコとかがいいんだけど」

「ううん、何も」

「使えない奴ねー」

 ううっ。
 ごめん、頼りない上に足を引っ張るような情けない男で。

「仕方ない、暖を取るだけで我慢しますか」

 アスカは、入り口の脇にある頑丈そうな机に近寄ると。

「ていりゃ!」

 べきどがこん。

「……相変わらず凄いね、連続踵落とし」

「ふふん、伊達にエースパイロット務めてないわよ」

 大小の破片となってしまった机を、ぽいぽいとストーブに放り込み。
 引き出しだったと思われる部分から出て来た何かの書類をくしゃくしゃ丸め、
今度は腰の後ろから大きなサバイバル・ナイフを取り出して。

「あ、あの……何でそんなものまで?」

「ああ、これ使うには必要なのよ。刃物が」

 そして紙の上で、先程の銀色の金属片をしょりしょり削り出す。

「まぁ、アスカだから何が出て来ても驚かないけど……それは一体何?」

「ん、マグネシウムよ。理科の実験とかで知ってるでしょ? よく燃えるのよ」

 しょりしょり、と削りかすが小さな山になると。
 アスカはナイフの背を、金属片の横の黒い部分に打ち当てた。

 がちん、と火花が散って。
 同時に、マグネシウムの粉が一瞬で燃え上がる。

「よし、っと……あとは上手いこと木に火が点けば……」

 しばらくの間、ストーブの前でごそごそやっていて。
 その間、何も出来ずに見守っているだけの僕。
 アスカはこんなにも行動力があるってのに……ああ、情けない。

「はい、点いたっと。大きい木に燃え移れば暖かくなるわよ」

「うん……」

 僕は何だか自分が凄くちっぽけな存在に思えて来て。
 小屋の隅の方に腰を下ろし、膝に顔を埋める。

「あら、どうしたの? シンジ」

「…………」

 やっぱり、アスカ1人で行かせていればよかったんだ。
 余計なこと考えなければ、アスカに迷惑かけることもなかったし……こんな
事態になることもなかった。

「シンジ?」

「…………」
 
「寝るなー! 死ぬぞー!」

 ぺぐ。

 頭が横に1つ分、綺麗にズレた。
 下手をすれば、首が折れるかとも思える勢いで。

「こっ、殺す気ー!?」

「雪山で寝ると死ぬわよ」

「起きてたよ……って言うか逆に意識失うところだったよ……」

 酷く痛む側頭部をさすりながら、文句を言うと。

「ほら、そんなこといいからもっとこっち来なさいよ」

「そんなことって……」

 襟元を掴まれ、ずるずる引きずられて。
 ストーブの傍まで連れて行かれ、そこで手を離される。

「んで? アンタのことだから、またしょーもないこと考えてたんでしょ?」

「う、うん……」

「ま、シンジは難しいこと考えてそうで単純だから……多分自分が邪魔だとか
駄目な奴だとか考えてたんでしょ」

「……うん」

 アスカは大きな溜め息を吐いて、僕の隣に座る。

「だからアンタは馬鹿なのよ。邪魔だったら最初から連れて来ないわよ?」

「え?」

「あー……その、何だ。アタシはシンジのこと嫌いじゃない、ってことよ」

 そ、それって……好きってこと、かな?

「あ、勘違いして襲いかかって来たりしたらこれで17分割してあげるから」

 ぎらり。

「しません絶対にしません」

「ま、それはそれとして」

 アスカはナイフを壁に向かって放り投げた。
 すこん、と小気味よい音を立てたけど……言った傍からナイフを手放すとは
どう言う了見か。

「1回やってみたかったのよねー」

 アスカは四つん這いになって、ストーブの反対側へ回り込むと。

「さぁ、この火を飛び越えて来ーい!」

「古っ」

「何よう、折角の絶好シチュエーションなのにぃ」

 だってストーブだし。

「ま、それはそれとして」

 アスカは元の位置に戻って来て。

「ほら、もっとこっち寄って」

「い、いいの?」

「じゃないと寒いでしょ。ドラマとかなら、裸で暖め合うってのが王道だけど
……まだ薪もあるし、その時じゃないわね」

 ……何か、いつものアスカと違う。
 元気なのは同じだけど……何か、違う。
 そうだ、これは単に落ち着きがないだけだ。

「……アスカ、もしかして不安だったりする?」

「なっ、何言うの? このアタシが不安だなんて……」

 どこか、妙に張り付いた笑みを浮かべるアスカ。
 僕は意を決して、そっとその肩に手を回してみる。

「あ……」

 しばし、沈黙。
 小屋の中には、木片の爆ぜる音と僕達の呼吸の音が響く。
 アスカの肩からは、ふるふると微かな震えが伝わって来て。
 ぎゅっと手に力を込めると、何も言わずに僕にもたれかかって来て。

「何も出来ないけど……傍にいるから」

「うん……ありがと、ちょっと落ち着いた」

 もそ、と更に少し身を寄せて来るアスカ。
 僕は、どきどきしながらそれを受け止めて。

「も、元はアンタのせいだからこれくらい当然なんだけどね! あはは」

「そ、そうだね。あはは」

 2人の笑い声が重なり、少し暗かった雰囲気も消えてしまう。

 と、その時。
 ばたばたばた、と聞き慣れた音が聞こえて来た。
 そして、窓から眩い光が入って来て。

「あ、きっとNERVのヘリね」

「みたいだね……あ、ミサトさんだ」

 僕達は、ほっと安心。
 と思ったら、アスカが。

「脱がなくてよかった……」

「ほ、本気だったの!?」

「……さぁ?」

 ちゅ、と頬に柔らかな感触。
 そしてつい、と軽やかに立ち上がるアスカ。

「猛吹雪だったりしたらヘリも出せなかったろうし、薪も朝まで保たなかった
だろうから……どうなってたかしらね?」

 くすくす、と笑いながら僕の手を引いて。

「ほらシンジ、行くわよ! 早く戻ってお風呂入って温まろ♪」

「う、うん……でも、本気だったかどうか気になるよ」

「確かめたいんなら、また一緒に遭難しなきゃね」

「それは勘弁してよぉ」

「ふふふ」

 手を引かれるままに、僕も立ち上がり。
 しっかりと握られた手に、少しの期待を込めて僕も握り返す。

「……さっきはありがとね、シンジ」

「え?」

「何でもなーい♪」

 笑顔のアスカにつられて、僕も微笑む。
 小屋の外に出ると、ミサトさんが笑顔で迎えてくれた。
 かなり心配してくれていたみたいで、少し怒られたけど。

 でも、僕達は。
 お互いに手を握り合ったままで、そのお説教を受けたのでした。






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