痕〜きずあと〜SS

柏木家遊戯事情・前編








「よ、よう、耕一。・・・今、暇か?」

ある晴れた日の朝、珍しく梓が静かに声を掛けてきた。

「・・・まぁ、暇といえば暇だ」

今は夏休み。最近長期休みになれば、柏木家にお呼ばれするのが恒例となって
いる。今回も久しぶりに柏木家に厄介になっていた。

「あの、よ・・・よかったら今日、遊園地なんか・・・行かないか?」

「ゆぅえんちぃ?!」

梓の口から出る言葉とは思えない。唖然とする俺に梓が慌てて言い訳をする。

「ご、誤解するなよ!別にあたしは耕一なんかと行きたいわけじゃないんだ。
でも、せっかく新聞屋さんから無料チケットもらったから・・・もったいない
と思って・・・」

・・・なんかムカツク。梓の奴め、素直に言やぁいいものを。

「そうかい。もったいないから行ってやるよ」

できるだけ不機嫌を装って言う。

「だけどな、どうせ行くなら楽しく行きたいもんだ。そうだな・・・」

あごに片手を添えて、ちょっと考えるふりをする。

「な、なんだよ・・・」

恐らく予定外の反応に驚いたのだろう、急に不安げになる梓。

「可愛い女の子と行きたい」

ぼむ。

おう。梓の顔が怒りで真っ赤に打ち震える。

「ばっ、ばっ、ばっ、馬鹿にしてぇ!」

拳を振りかざす梓。

「あたしと行くのがそんなに嫌か!」

「おい、ちょっと待てよ。お前、何か誤解してないか?」

ぴた。

「・・・どういうことか、説明してくれるんだろうな」






朝食をとった後、俺は居間で梓を待っていた。すると、扉の影から梓の声。

「耕一・・・」

「おーおー、出来たか」

俺の出した条件、それは『女装』。女の梓に女装というのもおかしな話だが、
たまには『ぶりっこ』(笑)な梓というのもオツだろう。

「・・・笑うなよ」

着替えを終えて部屋から出てきた梓を見て、俺は息を呑んでしまった。

ごく。

か・・・可愛い・・・。

「な・・・何だよ、何とか言えよ」

「お、おう」

・・・化けたな。・・・よく見ると、うっすらと化粧をしているのがわかる。
いつものボーイッシュな格好と違って、女の子らしい装備に身を固めた梓は、
恥ずかしいのか下を向いている。梓が着ているのは真っ白なワンピース。所々
に付いているフリルが控えめなのが梓らしい。左の胸に小さなブローチ。麦藁
帽子を手に持っている。ここの姉妹は、みんな素がいいからな。何を着せても
似合ってしまいそうだ。

「よくそんな服持ってたな。馬子にも衣装ってやつか」

「う、うるさい。あたしだってこんな服の1着や2着位・・・」

頬を染めながら『もじもじ』している。着慣れない服を着ているので落ち着か
ないのだろう。

「しかし・・・」

足の先から頭のてっぺんまで眺める。

「何だよ、文句でもあるのか?!」

「そういう格好も結構似合うぜ」

ぼん☆

いままでよりも更に真っ赤になる梓。

「あ・・・ありがと」

「あとは、その言葉づかいだな。『耕一さん』って呼んでみな」

意地悪く言う俺。そろそろ、梓の反撃が来るかと思っていたら、意外な反応が
返ってきた。

「こ、こ、耕一さん・・・」

真っ赤になりながら絞り出すように言う梓。梓に『耕一さん』なんて呼ばれた
のって、もしかしたら初めてかもしれない。

「こ・・・これでいいか?」

「い・い・の!」

「・・・これでいいの?」

・・・素直すぎて気持ち悪い気もするが。

「おう、上出来だ。それじゃあ、そろそろ行くか」

こくり。

うなずく梓。そこへ朝食の片づけを終えた初音ちゃんがやってきた。

「あ、梓お姉ちゃん!どうしたのその格好?!」

「は・・・初音ちゃん・・・」

別にそんなに驚く必要もないんじゃないか?

「べ、別に・・・」

やっぱり恥ずかしいのだろう、そっぽを向いてしまった。・・・ここは、俺が
フォローを入れるべきだろうな。

「初音ちゃん。梓と俺とで、ちょっとした賭けをしたんだ。それに梓が負けた
から、今日は罰ゲームなんだ」

「ばつげーむ?」

いまいち、納得のいってないような初音ちゃん。しまった、あまりフォローに
なってない。

「公衆の面前で『かわいこぶりっこ』してもらう」

「かわいこぶりっこ・・・」

初音ちゃんは絶句してしまった。無理もないか。梓にとって、一番縁遠い単語
だからな・・・。

「そういうわけだから、俺達はちょっと出掛けてくるよ。昼飯はいらないよ」

「う、うん・・・」

返事はしたものの、何だか物欲しげな顔の初音ちゃん。お土産が欲しい・・・
わけじゃないだろうな。

「初音ちゃん、明日は暇かな」

「うん」

「明日は初音ちゃんと遊んであげるよ、だから今日は我慢しててね」

「うん!」

ぱっと明るい笑顔になる。

「約束だよ☆」

ぱたぱたと自分の部屋に戻っていく初音ちゃん。

「ふぅ・・・」

梓が小さく溜め息を吐く。

「さ、今度こそ行くぞ」

「うん・・・」

玄関へと向かう俺達。だが、柱の影から覗く眼光に俺達は気付いていなかった
・・・。






がたん、がたん・・・。

俺達は、電車に乗って遊園地へと向かった。ここから1時間位のところだ。

「しかし、今時珍しいよな」

「何が?」

列車に揺られながら、梓と話す。

「新聞屋なんて最近はけちになってきたからな。無料券くれるなんてよっぽど
お得意様なんだろうな」

「あ、ああ・・・そうだな」

歯切れの悪い返事・・・何だ、どうした?

「ま、まぁせっかくだしさ、楽しもうじゃないか」

梓め・・・何か企んでやがるのか?

「せんぱ〜い☆」

その時、どこからか変な声が聞こえた。

「先輩、こんなところで会うなんて奇遇ですね」

そう言って梓の正面に現れたのは・・・何ていったっけな、確か梓の後輩だ。
かおりちゃん・・・だったかな?以前に柏木家に遊びに来ていたことがあった
はずだ。

「そ、そうね・・・」

この娘は苦手なのか、冷や汗がたらりと梓の頬を流れ落ちる。

「やっぱり2人は運命の糸に引かれ合っているのかしら・・・」

目がイッちゃっている。危険だ。

「先輩、今日はおめかししてどうしたんですか?もしかして、私を待っていて
くれたとか?」

おいおい、偶然だろうに。それに傍にいる俺のことは全く無視していやがる。

「この間のチケットって、やっぱり私の為に買ってくれたんですね?そうなら
そうと言ってくれればいいのに・・・」

チケットと聞いた途端に、梓の顔が蒼白になる。

「さ、一緒に行きましょ、遊園むぐ・・・」

その子の口を、梓が必死になって押さえた。そのままダッシュで、隣の車両に
駆け込む。

「す、素早い・・・」

とても人1人抱えているとは思えない。

「・・・・・」

1人になってしまった・・・。それにしても、チケットだの遊園地だの・・・
気になるぜ。






「はぁ、はぁ、ただいま」

俺が1人で考え込んでいると、息を切らせて梓が戻ってきた。

「どうしたんだよ、お前。それにあの娘は?どこ行ったんだ?」

「なんかさ、昨夜ろくに寝てないんだって。だからわけわかんないこと言って
たみたい。向こうで寝てるよ」

慌てて取り繕う・・・怪しい。

「梓、お前俺に何か隠してるだろ」

びくっ。

「な・・・何のことかしら」

白々しい・・・。

「ところで、新聞屋から何枚チケットもらったんだ?」

「に、2枚だけど」

「おかしいな、4人姉妹なのに2枚だけしかくれなかったのか」

「そ、それしか無かったんだって。申し分けなさそうにしてたよ」

「ふーん。それで、1枚いくらだった」

「1500円」

梓は言ってしまってから『しまった』とばかりに口元を押さえるがもう遅い。

「やっぱり嘘か。自分で買ったんだな?」

こくり。

もうあきらめたのか、素直に俺の問いに答える。

「買っているところをあの子に見られた、そうだな?」

こく。

「あの子はどうした」

「当て身で眠らせた」

うわ。えげつないぞ。

「だって、余計なことばっかり話すからさ」

・・・まあ、いいか。それにしても、まさか自分で買ったとは。そんなに俺と
遊びに行きたかったのか?

「・・・わかった」

びく。

少し低めの声で言うと、梓は驚いたように身をすくめる。

「お・・・怒った?」

「ああ、怒ったぞ」

「ご、ごめん」

梓はしゅんとしている・・・。

「そういうことなら、今日は入場券以外は俺のおごりでいい。思う存分遊べ」

梓はぱっと嬉しそうに笑うと、俺の右腕に飛び付いてきた。

「あ、梓?!」

「・・・ありがと、耕一」

・・・服装が違うせいか、今日は何だか梓が余計に可愛く見える。

むに。

・・・気が付くと、梓の胸が俺の腕に押しつけられていて・・・気持ちいい。

「・・・・・」

「・・・・・」

2人とも何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。

「・・・・・」

「・・・・・」

恥ずかしさからか、お互いに頬がちょっぴり赤い。

がたん、がたん・・・。

数十分後、無言のままの俺達を乗せた列車は目的の駅へ到着した。






<続く>
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