痕〜きずあと〜SS

柏木家遊戯事情・その後








ぱたぱたぱた。

「お帰り〜☆耕一お兄ちゃん、梓お姉ちゃん!」

玄関に入ると、すぐに初音ちゃんと楓ちゃんが奥からやってきた。

「・・・・・」

「あ、おみやげ?ごめーん、買ってないんだ」

「・・・・・」

「拗ねないでよ、楓。今度は忘れないから」

「・・・・・」

・・・おい、さっきから全然楓ちゃんはしゃべっていないみたいなのに、何故
会話が成立しているんだ?

「さっ、御飯できてるよ。早く食べよ☆」

初音ちゃんが俺の手を引いていく。梓は反対側の手をしっかりと握っている。

「あ・・・あのさ、千鶴さんはどうしてるかな」

遊園地で別れてから、心に引っかかっていた。千鶴さんには悪いことしたな。
あまり落ち込んでなきゃいいけど。

「千鶴お姉ちゃん?先に御飯食べて、今お風呂に入ってるよ」

うーん、実は結構平気みたいだな。

「耕一、千鶴姉のことなんか放っておけよ。それより早く夕飯食べてあたしの
部屋に行こうよ」

梓はそう言って俺を引きずっていく。

「あ、ずるーい。耕一お兄ちゃん1人占めしちゃだめぇ!」

「初音は明日遊んでもらうんだろ。今日は我慢しなよ」

「ぶ〜っ・・・」

可愛くむくれる初音ちゃん。俺は初音ちゃんの頭をなでなでしながら食卓へと
向かった。






「初音ちゃんの作る料理はやっぱり美味いなぁ」

もぐもぐ。

「えへへ・・・ありがと、耕一お兄ちゃん」

タケノコと椎茸の煮付けを貪りながら、美味い料理を作ってくれた初音ちゃん
を誉める。ちゃんと味が染みていて実に美味い。

「1人暮らししてると、どうしてもこういう手の込んだ料理を食う機会がなく
てねぇ〜」

そう言いつつも、箸は口の中へと料理を運んでいる。

「いっぱいあるから、どんどん食べてね」

「おう。・・・初音ちゃんは、きっといいお嫁さんになるよ」

「やだぁ、おだてても何にも出ないよう」

俺と初音ちゃんが仲良く話し込んでいると、梓がふくれっつらで割り込んでき
やがった。

「耕一!御飯ならいつでもあたしが作ってやるよ!」

「な、何だよ梓。いきなり叫びやがって」

急に叫ばれて、うろたえる俺。梓は何かを訴えるような、意味深な目線を投げ
かける。

「御飯ならあたしが・・・いつでも作ってあげるよ」

「・・・・・」

な・・・何だか妙な空気が・・・。

「どうしたの?梓お姉ちゃん」

「な・・・何でもないっ!」

梓はそれだけを言い放つと、御飯もろくに食べないまま食卓を離れた。

「あ、梓?」

「耕一お兄ちゃん、今日・・・何かあったの?」

「・・・・・」

初音ちゃんと楓ちゃんが、心配そうな顔つきで俺を覗き込む。

「じ・・・実は・・・」

2人の視線に堪えかねた俺は、今日の出来事のあらましを話した。






「・・・耕一お兄ちゃん、梓お姉ちゃんに取られちゃったね」

「・・・うん」

俺の話を聞いた後、2人は眼に見えて元気がなくなってしまった。

「取られたって・・・?」

「あ、ううん。何でもないよ」

明から様に怪しげに知らないふりをする初音ちゃん。何か、俺には言いにくい
ことなんだろうか?

「それよりも、梓お姉ちゃんのところに行ってあげてよ。何だか心配だよ」

「そ、そうだね。行ってくるよ」

2人に見送られながら、俺は梓の部屋へと向かった。






こんこん。

あれから、俺は梓の部屋の前に来ていた。あの梓のセリフを、俺なりに考えて
みた。『いつでも』、『御飯を作る』。決して軽い気持ちで言った様には見え
なかった。深読みしてみて、とりあえずの結論は出た。だが、その答えは俺の
1人よがりの産物かもしれないのだ・・・。

「梓・・・いるんだろ」

そして俺は今、それを確かめる為にここにいる。

こんこん。

「梓?」

「入って、耕一」

何度目かに呼びかけると、元気のない声で梓が答えた。俺はドアを開けて部屋
の中に入る。梓は、膝を抱えてベッドの上に座り込んでいた。

「梓、一体どうしたんだよ?お前らしくもない」

「ねぇ、耕一・・・あたしのこと、どう思ってる?」

梓は俺の問いに問いを返してきた。

「どうって・・・好きだぞ」

「それだけじゃなくて」

「お前の明るいとことか、元気なとことか・・・可愛いとことか。ずっと一緒
にいたいと思う」

我ながら恥ずい。だが、俺の正直な気持ちだ。嘘で包んでもしょうがない。

「・・・ありがと。すっごく、うれしい」

きゅ。

そう言うと梓は立ち上がって俺をゆっくりと、だがしっかりと抱きしめた。

「あたし、不安だったの。あの時、耕一は勢いであんなことを言っちゃったの
かも、家に帰れば頭が冷えて忘れちゃうのかもって」

「あんなって?」

「そ・・・その・・・好き、って」

耳たぶまで真っ赤にして言う梓。俺はそんな梓を強く抱きしめて、その耳元に
そっと囁いた。

「ああ。好きだ」

嘘偽りのない言葉。梓はうっとりとした表情で、俺の胸の中に抱かれている。
その時、俺の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。

「時に梓」

「ん?なぁに?」

梓は甘えた声で答えた。

「俺だけが恥ずかしい思いをするのは納得いかん。お前にも恥ずかしい思いを
してもらいたい」

「恥ずかしいって・・・何をすればいいの」

「そいつは自分で考えろ」

それだけを言い放ち、俺は梓から離れてベッドに腰掛けた。

「耕一・・・」

心の底から困った表情になる梓。だが、俺はそんな表情の梓を見ていることも
楽しかった。

「・・・・・」

しばらく待つこと数十秒。やがて、梓が口を開いた。

「何するか・・・決めたよ」

「おう、じゃあやってもらおうか」

俺が促すと、梓はおもむろに服を脱ぎ始めた。

「おおおおい、なな何をするつもりだぁ!」

「何って・・・恥ずかしいこと、するんでしょ?」

にいっ。

薄笑いを浮かべながらも、服を脱ぐ手は休ませない梓。

「・・・やられた」

畜生、梓のやつ。うまいこと持っていきやがった。俺は、そんなことを考えて
いたわけじゃないんだが・・・。

「恥ずかしいけど、耕一がそこまで言うんなら・・・いいよ」

それなりに真っ赤になりながら言う梓。そこまでって、どこまで言った?

「おい、やめろ。俺はそんな意味で言ったんじゃないぞ」

「耕一は、あたしと・・・したくないの?」

上目づかいに問い掛けてくる梓。

「そりゃあ・・・したいさ」

「じゃあ・・・」

「だけどな、梓。今の俺は、お前の人生を背負える程にしっかりした人間じゃ
ない。俺は、お前に対して無責任なことはしたくないんだ」

「・・・・・」

梓はうつむいて黙りこくってしまった・・・傷つけちゃったかな。

「あ、梓。別にお前が可愛くないとか、魅力がないとかそういうことじゃない
んだ。もし今ここでしちゃったとしても、俺が男として・・・納得できないと
いうか」

きゅ。

「もういいよ、耕一。今のはあたしが悪かった。・・・ごめんね」

梓が俺を優しく抱きしめる。だが梓は、すでに下着姿になってしまっていた。

「耕一がそこまで考えていてくれてたなんて・・・あたし、嬉しいよ」

きゅう。

俺の胸にぎゅっと顔を埋める梓。俺も梓の肩を抱いてやりたかったが、こんな
状態でそんな真似をすれば俺は理性の押さえが利かなくなるに決まっている。
だがそんなことを考えている間も、眼に映る梓の白い素肌が俺の理性を焼き尽
くそうとしていた。






「耕一さ〜ん」

ゆらり。

そんな葛藤を繰り返していた時、俺は背後に殺気を感じた。

「ち、千鶴さん?!」

「ち、千鶴姉?!何でここに?」

「な、何でもいいわよ。そ、それよりも耕一さん、柏木の家を預かる者として
言っておきますが、叔父様の気持ちを裏切るような真似はくれぐれもしないで
下さい」

慌てつつも、俺に対し自重する様に諭す千鶴さん。

「何だよ、それ。千鶴姉、自分がふられたからって嫌がらせはやめなよ」

「・・・何ですって?」

ざわり。

辺りに血生臭い風・・・南風(はえ)が吹く。千鶴さん、本気だな。

「ち、千鶴姉・・・冗談じゃないか。そんなに怒らなくても・・・」

「・・・問答無用」

静かに、だが素早く千鶴さんが動いた。

ばん!

梓が壁に叩き付けられる。ずるりと崩れ落ちる梓。

「千鶴さん!いくらなんでもやり過ぎだよ」

「待って、耕一」

その時、梓が立ち上がった。無論、『鬼』の力を開放している。

「気が済むまでやらせてよ。・・・あたしには耕一との愛のパワーがあるんだ
から。ふられ虫なんかに負けたりするもんか!」

「ふ・・・ふられ虫・・・」

ぷっちん。

何かが切れる音がした。

「糸が・・・切れました・・・」

ゆっくりと言い放つ千鶴さん。だが、その言葉の中には今までで1番の圧力が
こもっていた。

「はん、だからどうだってのさ!悪役はさっさと負けるもんだよ!」

よせばいいのに、梓はさらに挑発を続ける。

「必殺・・・」

ひ、必殺ぅ?!や、やばいぞ!

「信楽クラッシュ」

俺はそこでコケた。

「千鶴さん!それは一体・・・」

俺が最後まで言い終わらぬうちに、千鶴さんはその背中から何かを取り出す。
よく見るとそれは信楽焼のたぬき(全長約1.5m)だった。

「だあーーーーーーっっ!!」

気が付くと、梓が絶叫して気合を溜めていた。

「あたしのこの手が真っ赤に燃える!千鶴姉を倒せと轟き叫ぶ!!」

俺がコケている間に、梓は『氣』を練り込んでいたらしい。右手を高く掲げ、
練った『氣』をその手に送り込む。周囲に紅く陽炎が見えるのは気のせいでは
ないだろう。

「必殺!梓・クリムゾン!!」

2人は同時に互いの必殺技を繰り出す。なんか、お互いに緊迫感にかける気が
するが・・・。

がきいっ!!

ぶつかり合う梓の右の掌とたぬき。・・・あのたぬき、何で出来てるんだ?!

「くううぅ!」

「だああっ!」

ばちばち!

辺りには火花が散っている。俺の脳裏を『人外魔境』という言葉が走り抜けて
いった。

がきいぃん!!

辺りに鈍い音が響く。時間にして数秒の出来事。結果はあっけなく付いた。






「いたたたた・・・」

「ああ・・・家宝のたぬきに傷が・・・」

あの瞬間、2人はお互いに吹き飛んだ。まさに互角の力がぶつかり合った結果
と言えよう。何故か千鶴さんは無傷だったが、梓は運悪く頭をどこかにぶつけ
てしまったらしい。

なでなで。

俺は梓の頭をさすりながら、千鶴さんに疑問であることを訊いてみた。

「そのたぬき、一体何なんですか?」

梓の渾身の一撃を受けても、ちょっと傷が付いたくらいでしかなかった。只の
信楽焼ではあるまい。

「これは・・・叔父様からいただいたものです」

「親父から?」

あの親父がこんなものを残していたとは驚きだ。

「私が成人した日、このたぬきを渡して言いました。『これは昔から我が家に
伝わる家宝。時には置物、またある時には戦いにと、まさに変幻自在。これを
お前に預ける。正しく使え』と」

「・・・・・」

また少し親父がわからなくなった。

「・・・耕一ぃ」

千鶴さんとばかり話していたので梓が拗ねたようだ。もうすでに衣服を纏って
いる。

「梓、今回はお前が悪い。ちゃんと謝れ」

「・・・ごめん、千鶴姉」

梓は意外にも素直に謝った。自分でもやり過ぎたと思っていたのだろう。

「いいのよ、別に。気にしてなんか・・・いないもの」

う・・・嘘だ。その証拠に眼が恐い。

「そうだ、千鶴さん。明日みんなでどこか出かけようよ。・・・仕事、休める
かな?」

「・・・ええ、大丈夫です。たまにはそういうのもいいですね」

ちょっと嬉しそうに微笑む千鶴さん。とりあえず機嫌がよくなったかな?

「え〜っ・・・」

その時、梓の部屋の扉の影から不平の声が聞こえてきた。

「・・・初音ちゃん?」

「あ、ばれちゃった」

あ、そうか。明日は初音ちゃんと遊ぶ約束をしてたっけ。

「ごめん、初音ちゃん。また次の日でもいいかな?」

「ぶう〜っ・・・わかったよう」

しょうがないなぁ、という表情で頷く初音ちゃん。・・・気がついたら、初音
ちゃんの後ろに楓ちゃんも立っていた。

「楓ちゃんはまたその次の日ね」

こくり。

楓ちゃんもゆっくりと頷いてくれた。

「わ・・・私は・・・?」

千鶴さんが恐る恐る訊いてきた。

「何言ってんだよ。姉貴は明日で十分だろっ」

「梓」

俺がたしなめると、梓はばつが悪そうにそっぽを向いてしまった。

「千鶴さん、仕事が休める日があったらその日に2人で遊びに行こう」

「は、はい!」

「全く、何だよみんな・・・」

俺が自分以外と遊びに行くことが悔しいのか、梓は唇を噛んでいる。

なでなで。

「まあ、そう言うな。少しくらい我慢してもばちは当たらん」

「・・・うん」

梓はやっと納得してくれたのか、いつもの表情に戻って言った。

「さあ、じゃあ明日はみんなでお出かけだね。そうと決まれば早く寝ようよ」

「そうだな」

「ええ」

「じゃあ、おやすみなさ〜い☆」

「・・・おやすみなさい」

みんなが梓の部屋から出ていった後、俺も寝床に戻ろうとした。しかし、梓が
俺の腕を引っ張って呼び止めた。

「待って、耕一」

「ん?どうした、梓。おやすみのキスが欲しいか?」

ぼん☆

「う、うん・・・」

図星か。わかりやすい(単純とも言う)やつだ。ま、そんなところも好きなん
だがな。

「ああ、いいぜ」

梓をゆっくり抱き寄せ、その可愛い唇に口付けする。

「ん・・・」

数秒のキス。俺が離れると、梓は頬を紅潮させていた。

「じゃあな、梓。おやすみ」

「う、うん。おやすみ、耕一」

お互いに名残惜しいが、今日のところはもう寝ることにしよう。






「さ、明日は忙しくなるかな」

俺は客間に用意してもらっている布団に潜り込み、今日の出来事に思いを馳せ
ながら眠りについた。さて、明日はみんなでどこに行こうかな・・・。






<外伝に続く>
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