痕〜きずあと〜SS

柏木家みんなでお出かけ・後編








俺達はしばしの抱擁の後、みんなが待つレストランへ向かった。鉢植えの木が
沢山置いてあり、落ち着けそうな雰囲気だ。

「へぇ、水族館の中にこんなところがあるんだ」

レストランに入ると、2人で仲良く連れ添ってきた俺達を見て、みんなは少な
からず驚いた風だ。

「あ・・・お兄ちゃん達、仲直りしたんだ」

「ま、まぁな」

ぽりぽり。

俺は照れ隠しに頬を掻きながらみんなと同じテーブルについた。梓はもちろん
俺の隣に座った。食べ終わった食器が並んでいるので、どうやら千鶴さん達は
すでに食事を終えたようだ。

「耕一さん、身体の具合はどうですか?」

千鶴さんが俺に声をかけてきた。気のせいか、いつもより口調が強めのような
感じがするが・・・。

「うん、ちょっと寝たらばっちりさ。みんなに心配かけちゃったかな」

「ううん、いいの。耕一お兄ちゃんが元気になって、本当によかった・・・」

「・・・・・」

あの時俺がついた嘘を、嘘とも思わずに俺を心配してくれていたらしい。俺は
ちょっと心が痛んだ。

「よし、飯を食ったらみんなで残りを周ろう。そうとなれば、飯だ飯!」

俺はメニューを手に取り、何を食おうかと物色し始めた。すると、テーブルの
反対側にいたはずのかおりちゃんが、俺と梓の間に突然入り込んできた。俺の
座っている椅子と梓の椅子との間を無理にこじ開け、自分で持ってきた椅子を
捩じ込んだ。

がたがたんっ!

「うわっ?!な、何だ?」

「私の梓先輩の隣に座っていいのは、私だけですぅ!」

「か、かおり?!」

一同、呆気に取られている。そんな中、かおりちゃんだけがぎらぎらとした眼
で俺を睨みつけていた。

「あなたみたいな助平男に、先輩は渡さないですぅ!!」

「す・・・すけべいおとこ・・・」

全く予想外の罵声に声をなくしてしまった俺。その俺に、初音ちゃん達が弁護
をしてくれた。

「そんな、耕一お兄ちゃんはすけべいなんかじゃないよ!」

「・・・そうよ」

じーん・・・。楓ちゃんに初音ちゃん、君達は何ていい子なんだろう。

「ちょっとだけ、その・・・えっちなだけだよ」

「・・・そうよ」

がくっ!

俺は派手にずっこけてしまった。こんなに派手にコケた人間は、もしかしたら
戦後始まって以来、俺が初めてかもしれないと思うくらいだ。

「あなた達・・・それ、フォローになってないわよ・・・」

たら〜り。

巨大な汗が1粒、千鶴さんの頭に張りついている。

「そ、それはともかく・・・かおり、あんたちょっと来なさい。話があるの」

「わぁ、何ですかぁ?もしかして、愛の告白とかぁ?」

「いいから!」

「きゃん!もう、先輩ったら強引なんだから・・・」

梓はかおりちゃんの手を引っ張り、レストランの外へ消えていく。俺はこの後
何が起こるのか予想はついていたが、初音ちゃん達はわからないでいる。

「梓お姉ちゃん、話って何だろう・・・?」

「・・・まぁ、心配はいらないと思うけどなぁ」

「うん・・・」

「ま、気にしないでさ。・・・そろそろ、オーダーするかな」

俺は手を挙げてウェイトレスを呼び、料理を注文することにした。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「えーと・・・俺は、鮪ピラフ。梓は何にすればいいかな?」

ちょっと思考タイム。・・・あいつには特に好き嫌いもないはずだから、俺と
同じメニューにしておいた方が無難か?しかし、もしも『今日はナポリタンが
食べたかったのにぃ!』などと騒がれたら大変だ。う〜む・・・難しい。

「お待たせぇ!」

はぁはぁ、と息を切らせて梓が戻ってきた。時間的に2分も経っていないぞ。
ををう、新記録だ(何がだ)。

「梓、お前は何を食うんだ?」

「あたしは・・・耕一と一緒でいいよ」

そんな主体性のない意見を。日本人の悪い癖だな。

「よしお姉さん、鮪ピラフを2つだ。それと、食後に紅茶を・・・5つ」

1人減ったからな。

「かしこまりました。少々お待ちください」

ぱたぱた・・・。

ウェイトレスが厨房へ駆けていく。昼時だけに、なかなか忙しいみたいだな。

「ところで梓、かおりちゃんはどうしたの?」

「ははは、千鶴姉。ここにいないってことは、帰ったってことさ」

張りついた笑み、乾いた笑い。俺は何度か同じことを経験していたので、何も
思わなかった。が、千鶴さん達はやはりよくわかっていない。

「つまり、かおりを『説得』して・・・ね♪」

「ふーん・・・そうなんだ」

『ね♪』って言われてもなぁ。きっと当て身で眠らせて、その辺に突っ込んで
きたんだろう。そんなことを千鶴さん達が知る由もないがな。

「それより耕一、鮪ピラフって何なんだ!そんなゲテモノ、あたしに食わせる
気か?!」

「お前・・・俺と同じでいいって言ったじゃないか」

「それは・・・」

「その前に梓、お前は鮪ピラフがどういうものか知っているのか?」

「し、知らないけど」

俺はメニューを開き、数ある料理の写真の中から、鮪ピラフの写真を見せる。
見た目はごく普通のピラフだが、ただ1つ普通でないところは、鮪の切り身が
ピラフの上に載っかっているところだ。切り身と言ってもミンチみたいなやつ
だけどな。

「や・・・やっぱりゲテモノじゃないかぁ!」

明からさまに嫌な顔をする梓。だが、俺は根気よく説得を続けた。

「待て、決めつけるのはまだ早い。これでも売り物になっているんだぞ?それ
なりの味がなければ無理だろう」

「うん・・・」

「鮪丼は美味い。ならば、鮪ピラフが美味くても不思議ではなかろう」

「う・・・うん」

納得したような、してないような。梓は、そんな表情でコップの中の水を1口
飲んだ。






「お待たせいたしました!」

やがて、料理が運ばれてきた。俺は早速箸を取って、一緒についてきた山葵を
醤油に混ぜる。

「どれ、お味拝見・・・」

山葵醤油を鮪ピラフに万遍なくかける。傍にいる梓は、そんな俺をじっと見つ
めていた。

ぱく。

1口食べてみる。む、こ・・・これは・・・?!山葵醤油をかけることを前提
とした、ピラフの薄口の味付け。また、鮪も新鮮だ。しかもトロ。サラダ油を
使って誤魔化したような、そんないんちきなものではない。これはいい仕事だ
・・・。恐らく、ここの料理長の自信の1品であろう。

「う・・・」

「う?」

みんなが心配そうな顔で俺を見る。そんな中、俺はニヤリと笑った。

「美味い・・・」

「ほ、本当?!」

梓はまだ信じられない、といった感じだ。

「本当だって。お前も食ってみろよ」

「う、うん」

梓も俺に倣って、山葵醤油をピラフにかけ、1口食べる。

「美味しい!」

「ええっ?!」

今度は、まだ傍にいたウェイトレスが驚いた。

「な、何っ?!」

おいおい、店の人間が驚いてどうするんだよ・・・。さては、味が気になって
様子を見ていたな?

「お客様、本当ですか?」

「・・・嘘だと思うなら自分で食ってみろよ・・・」

俺達は、店の人間も食ってないようなものを食ったのか・・・。

ぱたぱた・・・。

ウェイトレスは慌てて厨房へと走っていく。梓はジト目で俺を見ている。

「耕一、売り物が何だって?」

「・・・・・」

まさか、俺もあんな反応があるとは思っていなかった。

「まあ・・・結果オーライ、ってやつだ」






「ふぅ・・・」

紅茶をすすりながら、俺はこれからの予定を考えた。

「さて、落ち着いたところで・・・」

「せんぱぁい!!」

がくっ!

か、かおりちゃん・・・だんだん復活するのが早くなってきてないか?

「か、かおり?!」

梓め・・・いい加減な仕事しやがって。やるならとことんやれっつーの。

「ごめんなさい、先輩。私、貧血かなんかで失神しちゃったみたいですぅ」

「そ・・・そうなんだ」

「だから・・・先輩に看病して欲しいですぅ」

無茶な話だ。今現在ここに元気でいるじゃないか。しかも貧血なんかじゃなく
梓に眠らされたんだろうが。

「・・・わかった。ちょっとこっちに来な」

「きゃん!強引なところも好きなんですぅ!」

さっきと同じように、かおりちゃんの手をぐいぐい引っ張っていく。しかし、
かおりちゃんもそろそろ気がついてもいいと思うが・・・。

「梓お姉ちゃん、何を話すのかな?」

「・・・・・」

「そうね、私もそう思うわ」

相変わらず、楓ちゃんが何を喋っているのか俺には聞こえない。が、千鶴さん
はさすがと言うか、やはり姉だけあってしっかり理解しているみたいだ。

「まぁ・・・戻ってくるのを待とうか」

きっと今度は少し時間がかかるだろう。1度失敗したからには2度目は間違い
は許されない。梓も万全を期すだろう。

「うん・・・」






梓が晴れ晴れとした顔で戻ってきた。

「お待たせっ!」

ぐい。

自分の分のすでに冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。

「よし、それじゃあ午後の部、開始だ!」

妙に元気がいい。余程自信のある処分をしてきたらしい。

「じゃ、そろそろ行こうか」

勘定を済ませてレストランを出る。もちろん俺が払った。そうそう余裕がある
わけではないが、たまには太っ腹なところを見せたいじゃないか。






「お兄ちゃん、午後はイルカのショーがあるみたいだよ!」

「おっ、いいねぇ〜」

壁の張り紙に気付いた初音ちゃんが、瞳をきらきらさせている。水族館は来た
ことがないって言ってたからな・・・。

「よし、そいつを見にいこう」

「わ〜い!わたし、イルカって初めてだよう!」

無邪気に喜ぶ初音ちゃん。微笑ましいってのは、きっとこういうことを言うん
だろうな。






ばしゃん!

イルカが時折元気に跳ね上がる。調教師のお姉さんの合図で様々な芸を見せて
くれる。

「ほぅ、さすがによく訓練されているな・・・」

長期休みだけあって周りは人ごみでごった返している。身長の低い初音ちゃん
や楓ちゃんは、イルカを見るのも一苦労だ。人ごみの1番外側なので、余計に
大変だ。

「あ〜ん!イルカさんが見られないよう!」

「・・・・・」

確かに、このままではろくにイルカを見ることなくショーが終わってしまう。
俺はあることを思いつくと、初音ちゃん達に言った。

「楓ちゃん、初音ちゃん。もっとよくイルカを見たい?」

「うん!人がいっぱいで、全然見えないよう」

「・・・・・」

楓ちゃんも俺に何かを期待しているようだ。

「よし!俺がもっとよく見せてやるぞ!」

がしっ!

俺は2人を抱きかかえる。あまりに突然な出来事に、2人は言葉を失った。

「えっ?えっ?!」

「・・・・・」

ていうか、楓ちゃんは元から口数が少ないけど。

「お、お兄ちゃん?!」

「よっと、これでどうだ?」

俺に持ち上げられて、肩の上に乗っかるかたちになった2人は、イルカよりも
自分達のことが気になるようだ。

「お兄ちゃん、重いからいいよう!」

「・・・・・」

「ははは、2人とも軽いから大丈夫!さぁ、思う存分イルカを見るがいいさ」

「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」

「・・・ありがとう」

いや、結構2人とも思ったより軽い。いざとなれば『鬼』の力を使ってでも、
などと考えていたが、その必要もなさそうだ。

「わぁ・・・イルカさん、可愛い!」

「・・・本当」

ばしゃ!

バランスを取るためか、俺の頭に掴まりながらも初音ちゃん達はイルカに夢中
になっている。

「すごーい、すごいよう!」

やがてショーも佳境に入り、多分最後の大技であろう10連続輪っかくぐりを
始めた。

ばしゃん、ばしゃん・・・。

「1、2、3、4・・・」

2人ともイルカが輪をくぐる度、一緒になってその数を数えている。しかし、
本当の妹ってこんな感じなのかな?可愛くて、何か世話を焼きたくなるような
・・・。

「・・・8、9、10!!」

ぱちぱちぱち・・・。

周囲から嵐のような拍手が巻き起こる。俺達は、頑張ったイルカに惜しみなく
拍手を送った・・・。






<続く>
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