ちゃいるど・ぷれい3







「ライー?入るわよー?」

  二階の浴室に、タオルと着替えを持ったセシルが戸を開いて入ってくる。
  浴室の中のバスタブには、金髪の少年が浸かっていた。見慣れた部屋にあまり
 にも見慣れない光景が繰り広げられている目にしてしまったためか、しばらくセ
 シルは無言であった。

「あーあーあー、おまえか、うん、そこに着替えを置いておいてくれ……って、
大丈夫か?」

  その声を聞いて、ゼンマイ仕掛けの玩具が動くようにセシルがぎこちなくタオ
 ルを置く。いまだ衝撃覚めやらぬ、と言った風情のセシルに、バスタブの淵にも
 たれかかりながらライが呼びかける。

「……やれやれ、やっと二人っきりになれたな」
「うん……」

  セシルは相変わらず青菜に塩、といったしおれ具合である。ひいて考えるに、
 自分の最愛の人が一晩にして少年の変化してしまったら、誰しもこうも驚くのが
 当然である。

「すまん……何がなんだか分からないけど、こんなことになっちまって……」
「ううん……分かってる、ライは悪くないわ……ごめんなさい、ちょっと混乱し
てて……ごめんなさい、本当に困ってるのはライなのに、私ったら……」

  このまま止めないと、セシルはどんどん自分の内側に向かって謝りながら落ち
 ていってしまうところであった。ライは軽く手を挙げてセシルを制した。
  その手の動きに反応して、セシルは落ち着きのない瞳でライを見る

「……なぁ、身体洗うの手伝ってくれるか?どうもこんな身体になったときにえ
らい汗と垢がでてるんで……」
「うん……わかったわ……」

  ライは敢えてセシルに何も喋らせないことを選んだ。喋らせないでしばらく手
 を動かせれば、きっとセシルは平常に戻るに違いないと踏んだからであった。セ
 シルが女中装束のカフスをはずして腕をまくると、石鹸をタオルで手際よく泡立
 ててライの身体に塗ってゆく。

「ああ、極楽だーなー……」

  我知らずライの口からそんなこと言葉が漏れると、後ろの方からくすり、とい
 うセシルの笑い声が聞こえた。この調子だと、本調に服しつつあるらしい。セシ
 ルの手にあるタオルはごしごしと、線の細さすら感じる少年となったライの身体
 から汚れを掻き出してくる。

「……本当に綺麗な肌ね、ライ……生まれ変わったみたいに……」

  セシルはそう言いながら素手でライの首筋から背中にかけ手を撫でる。石鹸の
 泡のせいもあるが、ライの肌の手触りは子供の湿度の多いしっとりとした肌その
 ものである。セシルはライに腕を上げさせて荒からず、かといって撫でるだけで
 もない微妙な手つきで洗っていく。
  ライがもし注意深ければ、セシルの手つきが変わったことに気が付いたであろ
 う。セシルの手つきのそれは、人の肌を洗っているそれではなく、だんだん愛し
 いの肌を愛撫する恋人のそれになってきたと言うことを。
  今や珠の如き美少年となったライの裸体に手を触れている内に、彼女の中に何
 かの官能が目覚めていた。風呂場の湯気のせいとは言い切れないほどセシルの頬
 は紅潮し、目は潤んでくる。だが、そんなセシルに背中を預けているライは気が
 付きようがない。
  そんなの中で、わずかに上気したセシルの声が浴室に木霊する。

「お客さん、痒いところはありますか?」
「んー、フグリの下」

  いつもの通りにライが軽口を叩く。いつもなら、ここで手桶か何かで殴られる
 のが常であった……はずであった。
  そう、その「はずであった」というのが重要である。それを予期していたライ
 は、次の瞬間声にならない、妙にのどに詰まった素っ頓狂な声を漏らしたのであ
 る。
  セシルの手が、そのままするすると胸の下を下っていき、ライの股間にまで達
 したからであった。そして、白くしなやかな手はお湯の中で、ずいぶんと可愛く
 なってしまったライの重要な部分を掴んだのである。

「あう!せ、せ、せ、セシル、一体何がどうしてこうして……」
「あら?ここが痒いんでしょ?お客様?」

  ぐにぐにと指が二つの珠をもてあそぶ。セシルが後ろからバスタブの中のライ
 を抱きしめるように身を寄せてきて、唇が耳に寄る。セシルの吐息が耳朶に熱く
 寄せられる。

「ああ、ああ、せ、セシル……そ、そんな朝から刺激的な……」
「んー……あら?喜んできたみたいね、ライのこれ」

  くすくす笑う声がライの中に耳の中に飛び込み思わず赤面してうつむいてしま
 う。セシルの手練によって刺激されてしまったライの股間の逸物は、セシルの指
 のあいだで見る見る硬度を増して指の中から飛び出してこようとする。その棒状
 のモノを、セシルの親指と人差し指が輪を書くようにして締め付ける。

「……気持ちいいんでしょ?ライ……ねぇ……こうされるのが……」

  セシルの指が上下する。ライの逸物から欲望を絞り出そうかとするように。

「ど、ど、どうしちゃったのセシル……ああう、あ、そこはちょっと……」
「ライが悪いの、だって……こんなに可愛いライを見るのは初めてだもの……」

  それは理由ではない、と言おうとしたが無駄であった。肝心の場所を抑えられ
 てしまったライは、セシルの腕の中で石鹸の香りをさせながら悶える一匹の獲物
 でしかない。セシルの指先は時には激しく時には焦らすように動き、硬さを増し
 てくるそれをぐいぐいと絞り上げる。

「あ……だめ、セシル……あ……」
「ふふ、出るのね、出ちゃうのね……ほぉら、私の指の中でイっちゃいなさい!」

  水面を泡立てるほどにセシルの腕は小刻みに激しく動き、それに併せるかのよ
 うにライの身体も己の欲情を吐き出してびくびくっ、と震える。
  そして、辺りに響くのはセシルとライの荒い息だけであった。セシルの息には
 興奮が、ライの息には気恥ずかしさが現れている。

「さぁって、出すモノ出したら早くお風呂から出てね?これ……片づけちゃうか
ら」

  ライを恥辱と快楽の境地に追いやったセシルが、いつもと同じ妙に人の悪い笑
 みを浮かべてバスタブの中を指さす。その先に浮かぶモノを知って、ライは目眩
 がするような感覚を覚える。
  でも、こんなことで……こんなことでいつものセシルが戻ってくるのであれば、
 ライには歓迎であった。ただ、幾ら気持ちがいいといっても日に何度もこんな事
 がないように祈るのみだったが。

          ☆               ☆

  ライにはなにか、初雪の日のすべての成り行きがとんでもない方向に進んでい
 るような気がしてならない。まず、自分が少年となってしまい、アリサは窓から
 逃げ出し、セシルには風呂場で襲われた……いや、自分が嗾けもしたのだから自
 業自得とも言えるが……普段の朝より数倍も濃い内容が次々に展開し、このまま
 の勢いだとおそらく碌でもない方向に物事が動き出す……ライはこう思う、一遍
 坂を転がりだした大岩は、容易にその動きを止めるものではないのだから、と。
  取りあえずセシルをジト目で睨みながらも朝食を取り、今後の善後策を話し合
 うために執事のバレンタインやセシルと席を囲んでああでもないこうでもない、
 とやり合っているところに、次の展開はやってきた。
  それも、四頭立ての四輪馬車に乗って。

「……驚きましたな、コリーン様がお忍びでいらっしゃいました」

  居間のクッションに埋もれているライに、意外の色を隠しきれないバレンタイ
 ンがそう告げる。告げられたライの方は、不安と焦りの入り交じった顔をすーっ
 とセシルの方に向ける。
  朝にはあんな事はあったとはいえ、今のセシルはいつもの頼れるお姉さんとし
 てのセシルに戻っていた。こういう困ったことがあると、ついライはセシルに頼
 りたくなる。
  頼られたセシルの方は、軽く咳払いをしてバレンタインに尋ねた。

「コリーン様はお一人で?」
「いえ、ファースニル卿が御一緒されています。そのほかに随員はおりません
が……」
「な、な、ファーの野郎も来ているのか?困る、これは困る!」

  ライの顔色にはさらに深い焦慮の色が現れ、もはや青ざめて倒れんがばかりで
 ある。かつての戦争でライとファーは剣を交えた好敵手であり、一年前の政変で
 は方や国王の暗殺を、方や傀儡とか化した国王を操るサイベルを倒して女王コリー
 ンを誕生させた戦友である。お互いを認め会う仲ではあるが、ライがこのように
 少年になってしまい、そのままの姿のファーと再会するというのは決まりが悪い
 と言ったら無い。
  そこまで焦るライを傍目に、セシルとバレンタインは淡々と会話を交わしてい
 た。

「で、お二方は?」
「今、応接間にお通し致しました。ハルカに茶を運ばせております」
「そう、私が挨拶に行った方がいいわね。ライはこんな風になっちゃったし……」
「お二方に如何申し上げましょうか、奥様?」
「それは……ねぇ?」

  セシルもさすがに困った、と言いたげな瞳をライに向ける。ここで病気だ、と
 言って引きこもってもも兄妹としてしばらく生活していたコリーンはどうしてで
 もライの病床に押し掛けるであろう。だからといってライが子供に戻ってしまい
 ましたのでお引き取りを、などと言ってもこちらの正気を疑われるだけである。

「……わーった、行くよ、コリーンとは久しぶりだし、ファーの野郎も不義理は
できん。オレはこんな風になっちまったが、幸い中身は変わらない……それに、
だ」

  ライは何かを思いついたように人差し指を立ててみせる。

「あの二人、この一件に絶対関係ある。なにしろこの訪問は、タイミングが良す
ぎるしあの二人とこの一件を結びつける重要な要素があるしな」
「……アリサ殿ですかな?」

  ライの言葉にバレンタインが合いの手を入れる。この辺の呼吸の合い方は長年
 の主従関係のなせる技であった。

「ご名答。俺たちと同じぐらい、アリサとあの二人には関係がある……まぁ、で
もこんなのは杞憂であると思いたいが……はぁ、しっかしこの図体でご対面と
は……」

  今日何度目になるか分からない溜息を吐くと、ライはクッションの山から身を
 起こす。そんなライにセシルはにっこり笑って言う。

「あら、お風呂場で鏡ちゃんと見た?今のライはそれはもう、水も滴るぐらいの
美少年よ……コリーンだって捨て置かないぐらいの。コリーンに好かれたらファー
に妬かれるかも?」

  そういわれる方のライは、あまり本気に取ったようには思えない、困ったよう
 な軽い笑いを浮かべるのみであった。

「御冗談。さて、待たせちゃ悪いな」






<続く>
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