へなちょこアスカものがたり・外伝(笑)

ある年のある日に

by さざんぶれいぶ






 今日、12月4日はアスカの誕生日。
 ……誕生日だというのに、アスカはぐっすりとお休みです。
 葛城家で今動いているのは、台所で朝ご飯の支度を始めているシンジだけ。

 昨日夜勤だったミサトはまだ帰っていないわけで。……まあ、どちらにせよ
この時間は夢の中だろうけれど。
 コトコトと音を立てるみそ汁。その横で器用に包丁を操るシンジ。

 そして、料理が終わったシンジはアスカの部屋に向かって呼びかける。

「アスカ! 朝だよ!」

 ……それからは、いつも通りの葛城家の朝。




「ふぁーあ……おはよ」
「おはよう……もう朝ご飯できてるよ」
「ん……顔洗ってくる」

 やがて、アスカが洗面所から戻ってきて食卓につき、朝食が始まる。

「……」
「……」

 いつも通り無口なシンジと、いつになく無口なアスカ。
 カチャカチャという食器の立てる音だけが、葛城家の食卓を彩って。
 メニューはみそ汁に焼き魚、それにゆで卵といった、典型的な和食。

 ずずっ、とみそ汁を最後の一滴まで啜ったあと、アスカはシンジに向かって
問いかけた。

「……シンジ、今日は何の日か知ってる?」
「……さぁ」

 判らない、という意志表示だけを返し、シンジは再び自分の食事に目を戻す。
シンジの目の前には、まだご飯が半分と、焼き魚がほとんど全部あるわけで。
 再び箸をつけ始めたシンジに向かい、アスカは再び問いかける。

「……12月4日よ?」
「……ゴミ出しの日は一昨日済んだし……テストは来週からだし……」

 ブツブツと小さく呟きながら指折り数えるシンジを見て、アスカの苛立ちは
どんどん募っていくばかり。

「やっぱり判らないよ」
「……もういい!」

 ダン、とテーブルを叩いて立ち上がるアスカ。
 いつも通り呆然とその姿を見ているシンジを尻目に、アスカは自分の部屋に
戻って。
 シンジはその後ろ姿を見送って溜め息一つついたあと、自分の部屋に戻り、
学校に行く準備を始めた。




 通学途中もアスカは機嫌が悪いらしく、一言も喋ろうとすらしないまま。
 じっと黙り込んだままで学校に到着し、教室に入る。

「おはよっ、ヒカリ!」
「……あ、……アスカ」

 三馬鹿……というか、シンジを除いた二人、と喋っていたヒカリ。アスカが
近づいてきたのを見て、クモの子を散らすように逃げるトウジとケンスケ。

「……またあの馬鹿どもが何かやらかしたの?」
「え……ううん、そうじゃないけど」
「けど? けど、何よ」
「……えっ……な、なんでもない」

 ムカッ。
 よりによってヒカリにまで避けられるとは思っていなかったアスカ、さらに
ムカムカゲージアップ。

「……ふーん」

 アスカはそっけなくそう答え、ヒカリの席の横を素通りして自分の席へ。

「あ……」

 後ろから聞こえてくるヒカリの声も聞かず、机の上にカバンの中身を出して。
ばさばさっと一限の準備をするアスカに声をかけられる者などいるはずもなく。

 やがて、授業開始のベルが鳴った。




 授業が始まり、授業が終わっても、アスカのイライラがおさまるはずもなく。

「シンジ! 帰るわよ!」
「……あ、ちょっと用事があるから」
「用事ぃ!? そんなん後でいいでしょ!」
「そ、そんなこと言われても……」

 シンジの答えを聞いて、ますます激しくイライライライラ。

「あーっ、もうっ! いいわよ! もう! ヒカリ、帰ろう!」

 ダン!
 カバンを机に一度叩きつけ。
 あっけにとられるシンジをそのままに、アスカは早足に教室を出て行くので
ありました。




「あのバカシンジ、シンジのくせに生意気なのよっ」
「あ、でも……碇君も、悪意があるわけじゃないと思うし」
「悪意は関係ないのよっ! アタシに逆らった罪はそれだけで充分重いのっ!」

 ぷんぷん。
 頭から湯気が見えるぐらいに怒りながら、隣には困り果てたヒカリを従えて。
アスカは、早足で廊下を歩み去っていきました。
 行き先は、いつもの甘味処。
 アスカが頭に来たとき、よく行くところです。

 連れ去られていくヒカリが教室のほうをチラチラと伺っていたのは、きっと
気のせいでしょう。




 と、さて。
 こちらは台風一過、平穏を取り戻した教室。
 シンジら三バカトリオが帰る準備を進めています。

「なあシンジ、アスカあれでええんか?」
「……多分」
「多分て……ほんま損な役回りやのぉ」
「まあ……でも、多分アスカの誕生会をするって言えば大丈夫だと思うよ」
「……まあ、シンジがそう言うなら、多分そうなんだろうな。さ、早いところ
 準備に行こうぜ」

 どうやら、全て示し合わせた上の行動だったようですね。




 さて、こちらはそんなこととは露も知らないアスカ。
 ヒカリを連れて、甘味処であんみつをパクパク、パクパク。

「まったく……シンジのくせに生意気なのよ! ヒカリもそう思わない!?」
「……でも……多分、碇君も悪気が……」
「悪気は関係ないって! もう……いいわ、あんみつおかわり!」

 冷や汗をかいているのはその向かいに座っているヒカリ。
 とはいっても、別にお財布の中身を心配しているわけではなく……。

「……碇君、後で大丈夫かなぁ……」

「ん!? ヒカリ、あのバカのこと何か言った!?」
「……あ、ううん、な、何でもない!」
「そうよね!」

「あんみつお待ちどうさま」
「ありがと!」

 パクパク。
 パクパク。

 細い身体のいったいどこにこれだけ入るのかと思うぐらい大量のあんみつが、
次から次へとアスカの口の中に消えていきます。
 その様子を見て、ヒカリは溜め息一つ。

「……うまくいけばいいけど……」

 その呟きは、今度はアスカに聞こえなかったようです。




 さてさて、こちらはシンジたち。

 トウジはパーティー用の買い出し。
 ケンスケはいつも通りの見張り役。

 そして、シンジはというと。
 アスカが帰ってこないうちに、朝から作っていたご馳走を準備しています。
冷蔵庫から手の込んだケーキを取り出して……さらにちょっと飾りつけたり。
 料理を作っては、シンジの部屋に運び込んでいきます。

 ケーキはもちろん、サラダやパスタ。
 おや? フライには、まだ火を通していないようです。

 それはさておき、ハムにチーズにクラッカー。
 ご馳走が次々とシンジの部屋に隠されていきます。

 香りの強いものは後回しにしているところをみると、あくまでもアスカには
知らせないつもりのようですね。




「来たぞ! シンジ」
「うん」

 シンジは何やら紙をテーブルの上に置き、こそこそとシンジの部屋に隠れ。

 やがて、がちゃがちゃ、かちゃんと音がして。

 どたどたどたたん!

 アスカが不機嫌そうな足音を立てて帰ってきました。

「……バカシンジ! もう帰ってるでしょ! まだ今なら……」

 叫びながら、台所に姿を見せ。
 机の上に置かれた紙に気がつくと。

「あのバカシンジ、帰ってきたらお仕置きだかんね!」

 一声叫び。

 どたどたどたたん!

 入ってきたときよりもなお不機嫌そうな足音を立てて出て行きました。

 その音を聞いたシンジとケンスケは顔を見合わせ。

「ふぅ」
「見つかるかと思ったぜ。やるな、シンジ」
「……うん。さ、今度戻ってきたときには完成させておかないと」
「そうだな」

 ということで、再び準備に取り掛かるのでありました。




 香り高いハーブティや鶏のフライ、スープやなんやと色々準備して。
 気がつけば、外はもう真っ暗、時計は7時を指していました。

 シンジは玄関のカギを開け。
 アスカが帰ってくるのを待ちます。

 やがて、今日のゲストが集まってきます。

 ヒカリ、到着。
 トウジ、同着。

「いや、そこで会うたさかい、一緒に来たんや」
「そ、そう、そう」

 レイ、到着。

「……絆だから」

 ミサト、帰宅。

「ご主人様のお帰りよ〜っと……ああ、今日はアスカの誕生日だったわねん」

 ぴっぽっぱ、とるるるる。

「はーい、みんな〜。今日はアスカの誕生パーティだから来てねん」

 NERVオペレーター一同、到着。

「……俺達はやっぱり『一同』なんだな」
「……ああ」





 で、やがて、玄関のノブが周り、真っ赤な髪の美少女が入ってきて。

「……バカシンジっ! あんた、一体……」

 台所の様子を見たアスカの目が点になり。

「……こ……」

 絶句した隙をついて、シンジは台所にサインを送り。
 そのサインを受けた台所から、返事がわりのお祝いの言葉。

「はっぴーばーすでぃ、アスカ!」
「おめでとう、アスカ!」

 その声の中、アスカは……

「……ば、馬鹿シンジ! あ、アタシを引っかけようなんて……」

 うれし涙か驚きか、サファイア色の瞳からぽろぽろと涙を落とし。
 シンジは思わず慌てて近づいて。

 がばっ。

 アスカの両腕が、シンジの身体に回され。

「百年はやいのよっ……馬鹿シンジっ……」

 背伸びしなければ届かなくなっていたシンジの唇に、アスカの柔らかい唇が
そっ、と合わせられ。

「……えっ……」

 その次の瞬間、シンジの頭はアスカの胸にぐりぐりと押しつけられていた。

 そう、いわゆるヘッドロックの体勢。

「百年早いのよっ! こぉの、バカシンジ!」



 ……やっぱり今日も、アスカはアスカでした。






<おわり>
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