へなちょこマルチものがたり

その205「我汝をアイス」








「ただいまぁ〜」

「おっ帰りなさいですぅ〜♪」

 ぱたぱたた……。

 いつも通り、居間の方から駆けて来たマルチ。
 うんうん、今日も元気だな。

 ぱふっ☆

「おお、よしよし」

 ぎゅむ……ちゅ☆

「んーっ♪」

 お、何だか甘い味。
 ええと、アレだ……柑橘系?

「マルチ、何か食ってたのか?」

 顔を離しつつ、自分の唇をぺろっと舐める俺。
 そんなコト詮索する俺も俺で、なかなかアレだな。

「はぁい、セリオさんからおやつをいただいたのですぅ〜♪」

 ほほう、おやつとな。
 『セリオから』ってのが気になるが、マルチはもう食ったみたいだし大丈夫
だろ。

「もう食ったんだろ? 美味かったか?」

「はぁい、美味しーのですう」

 ふむ。
 悪戯でもないみたいだし、俺も食ってみるかな。

「俺の分もあるか?」

「はいー、まだ少し残ってますう」

 すっ、少し?
 どれだけもらって、どれだけ食ったのかが謎。
 ……まぁいいや、とりあえず俺もご相伴な。

「うーし、そんじゃいただくとすっか」

「はーいっ♪」






 2人で一緒にキッチンへ行くと。
 マルチはるんるんと、気分よさ気に冷蔵庫を開く。

「……おお?」

 彼女が取り出したモノは……およそ、この季節には似合わないモノ。

「えへへぇ……あいすきゃんでぃなのですー」

 この寒くなって来た時期に、あえてアイスキャンディをチョイスしたセリオ
の神経って一体。
 奴の頭の中には、俺に対する嫌がらせのコトしかないのだろうか。

 っていうか……テーブルの上に無数に散らばっている、アイスの平たい芯棒
の数が何とも言えないぜ。
 もう少し俺の帰りが遅ければ、全てマルチに食い尽くされていたのだろう。
 ええと、にのしの……20本くらいか。

「何と、当たりくじ付きなのですぅ! さぁさ、お召し上がりください〜♪」

「当たりくじぃ?」

「はいっ! 『当たり』が出たらば、素敵なご褒美をいただけるそうですぅ」

 ほ、ほほう……ご褒美となっ。
 ……よしっ! 燃えて来たぁ!
 セリオの用意した『ご褒美』が何であれ、アレでイヤーンな感じだったなら
マルチからいただけば済む話なのだっ!

「じゃ、早速」

 マルチからキャンディを1本受け取り、速攻で食い始める俺。

 しゃりっ。

「おお、なかなか美味いじゃん」

 オレンジ味だ……さっきの香りはコレか。

 しゃりしゃりしゃりっ。

「私も、もう1本食べるのですぅ」

 しゃりしゃりん。

 しっかし……まるで売ってるアイスキャンディみたいだぜ。
 自家製では、しゃりしゃり食べられるアイスキャンディを作るのは至極至難。
 大抵は単に凍らせた感じで、歯が立たないようなものが出来るからな。

 やるな、セリオ。

「あぅ」

「ん?」

 しゃりしゃりと、いいペースで食ってたマルチ。
 急に食べるのを止め、鼻の頭に手を当てて。

「この辺が、きーんってするのですぅ」

 苦しそうに顔をしかめるマルチが、何だか可愛い。
 ある程度の嘘臭さは拭えなかったけどな。

「一気に食うからだって」

 空いてる手でマルチをなでなでしながら、俺はひたすらしょりしょりしょり。
 しばらくすると、芯棒の先端が少し見えて来て。

「お、来た来た」

 ほのかな期待を込めつつ、大きく一かじり。
 そして、平たい棒の先端に書かれた文字がはっきりと読み取れるようになり。

「おお、『当た』」

 ふ、さすがは俺。
 一発で『当たり』を引き当てたかっ!

 しょりん。

 ……と、駄目押しにもう一かじりした俺。

「……『れ』っ!?」

「あややぁ、残念でしたぁ〜」

 いや、『当たれ』って何やねん。
 何で希望的表現やねん。

「ざ、残念っていうか……マルチ、もう1本だ」

 こーなったら、何が何でも当たりを引いてやる。
 くそう……気ぃ抜いてたらコレか、セリオめ。

「うにゅう、もう残ってないのですう」

 ちゅぽんっ。

 マルチは、先程出したばかりのも食い終わっていて。

「……あ?」

 つーか、今の2本だけしか残してなかったんかい。

「てへへっ、他のは全部食べちゃいましたぁ〜」

 あまり反省してなさ気なマルチに苦笑しつつ、俺は散らばっているアイスの
棒の確認作業開始。
 あんまり食い散らかすなよな、マルチ。

「って……何で『はずれ』ばっかりなんだよお!?」

 『当たり』は、1本もナシ。
 それはもう、まるで悪徳駄菓子屋のくじ付き商品のように。

「くっそう……セリオの奴、最初から当てさせる気なんてなかったのか!?」

 やたら気になるぜ、あいつの『ご褒美』ってのがなぁ!

 ……と、俺が歯噛みしていると。
 涼しそうな顔でアイス棒を片付けていたマルチが。

「そういえば、セリオさんが2本だけ持って帰られてましたけど……芹香さん
と綾香さんに差し上げるそうで」

「…………」

 うぁ。
 そのどっちかが当たりだったんじゃねぇのかよ、おい。よりにもよって。






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