へなちょこマルチものがたり

その213「夢のマイカー」








「車かぁ……」

 何となく買ってしまった車の雑誌をめくりながら、俺は溜め息を吐く。
 車なんて買える身分じゃないし自動車免許も取ることが出来ない年齢。
 そして何より金がない。

「はぁ……いいなぁ」

 俺も立派にお年頃。
 たまには車なんかにも興味を持ってしまうのさ。

「浩之さん、溜め息なんか吐いてどうしたんですかぁ?」

 マルチがお茶を持って来る。
 軽く冷ました後、ずずっとすする。

「いや、車って格好いいなぁと思ってさ」

 この黒いスポーツカーなんかさぁ……いや、こっちの赤いのもいいなぁ。

「車ですかぁ」

 俺の隣に座りながら、マルチもお茶をすする。
 そして雑誌のページを覗き込んで一言。

「あ、こういうのなら研究所にも沢山ありますよ」

「お?」

 そりゃ丁度いい。

「マルチ、今度見せてもらえるように頼んでみてくれないか?」

「いいですよ〜。何なら今からでも……」

「おう、早けりゃ早い程嬉しいぜ」

 俺の答えを聞き、マルチは頷いて電話へと走る。
 俺はまたお茶をすすりながら、うきうき気分で待つのだった。

「ちょっと今すぐは無理ですけど、今日中には見せに来てくださるそうですぅ」

「おお、そうかそうか」

 それでは来てくれるまでマルチとごろごろしながら待つとするか。






 ……が。
 いつまで経っても研究所の人が訪ねて来る気配はなく。

「マルチぃ、いつになったら来るんだよう」

「あうー……ちょっと遅れてるみたいですねぇ」

 ちょっとどころじゃねぇってばよ。
 もう夜になろうかって言うところじゃねぇか。

「こうなったら、あれですね」

「ん?」

「来るまで待つのですぅ」

「…………」

「……面白くなかったですか?」

「ああ」

 マルチはがびーんとショックを受けた。






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