へなちょこマルチものがたり

そのXXX.5「To Heart・その後」








「藤田君達はまだなのかい?」

「ええ、もうとっくに家を出たはずなんですが……」

 眼鏡に不精ひげ、礼服がよれよれなのはご愛嬌。

「全く、こんな日に何をやっているのやら……」

「――――マルチさんの位置を探索してみます」

「頼むよセリオ、遅刻なんかされちゃ敵わん」

 セリオの眼が一瞬閉じられ、そしてすぐに再び開かれる。

「――――まだ藤田家にいる模様です」

「な、何だって!?」

「すぐに車を回してくれ! 私は藤田君に電話を入れる」

「はい、主任!」

 それまでより、更に慌しくなる面々。
 ただ……全員の顔に喜びが満ち溢れていた。






「おい、マルチぃ……みんな待ってるぜ? いい加減行かないと……」

「だっ、駄目ですぅ……まだ決まらないのですぅ!」

「おいおい……」

 よりによって、こんな時にわがままかい。
 っていうかお前、結婚式なんだから……。

「ドリルもにくきうも不可だ」

 単に、着て行く服を選んでるだけ。
 式場に着けば、どうせ着替えることになるんだが……。

「そんなぁ〜……」

 とるるるる、とるるるる……。

「うぉっち、電話かよ」

 ばたばたばた……。






「はい、藤田です」

『藤田君かね? 私だ、長瀬だよ』

「あー……悪いけど今、急いでるからさぁ」

『急いでる割には、もう遅刻じゃないか』

 ……わかってるよぅ。
 だから急いでるんじゃないか。 

『とにかく、そちらに車を向かわせた。それに乗って早く来たまえ』

「悪いな、おっさ……いや、お義父さん」

『……ふっ、とにかく急ぎたまえ』

 ……がちゃっ。

「おっさん……何だか、嬉しそうだったな……」

 っていうか俺、余裕かましてる場合じゃないってばよ。






「っつーわけだマルチっ! お道具袋に全部詰め込めっ!」

「らららっ、らじゃ――――っ!」

 うをう、一瞬『螺旋っ』と繋げるかと思って覚悟完了したぜ。

 ぴんぽ〜ん。

「おぅっ! 来たぞマルチ……っ!?」

 あああっ、まだ全然終わってねぇぇぇぇ!!

「あうあうあう、どーにも収まりが付かないのですう」

「だぁぁぁ! あと3秒! 3、2、1、ゼロっ! ぶっぶ――――っ!」

「そ、そんなぁ〜……」

 っていうかお前も袋に詰めちゃるっ!
 うらうらうらっ!

「ああっ! どりるがっ、とんがりがぁぁぁっ!」

 ぐいぐいぐいっと、きゅっ。

 ええと、広げてた店は全部しまったかな……。
 戸締りはとっくに確認したし、火の元おっけー。

「んじゃ、行くぞっ!」

「もがもがもがっ」

 ええい、袋の中で暴れるなっ!

 がばっ!

「うっ……結構重い……」

「浩之さぁん、無茶はしないでください〜」

「無茶ではあるが、無理ではないっ! そら、行くぞっ!」

 どうせ玄関前の車までだっ!

 だだだだだっ……。






 ぶぉぉぉぉん……。

 来栖川電工のバンに乗り込み、ほっと一息。
 俺が抱えたでっかい袋の口を緩めると、マルチがもぞもぞ顔を出して。

「ぷぁっ……ううっ、どりるがほっぺに当たって痛かったのですう」

「お前がのんびりしてるからだ」

「ううっ、冷たいお言葉ですぅ……」

 ったく、マルチはよぅ。

「マルチ……これも、いい思い出になるぜっ!」

 きら――――んっ☆

「あうう、歯を光らせても駄目なのですぅ」

 がびーん。

「ええい、だからお前がみんな持って行こうとするから悪いんだって」

 ぺしっ。

「あうっ」






「……浩之さん」

 何とか袋から抜け出し、俺の隣に座ることが出来たマルチ。
 さっきのことを根に持ってるのか、少し声のトーンが低かったけど。

「ん?」

「私……今までお世話になり通しだったお道具さん達ですから、出来ることで
あるなら……今日、一緒に……」

 ……お世話になったかどうかは別として。
 確かに、このお道具ズがあったからこそ……マルチと、色んな経験も出来た
ことだし。

「全く……そーいうのは、寝る前に準備しとけっての」

 ぱふっ。

「はっ、はいっ……すみませんですっ♪」

 俺が頭に手を置くと。
 やっぱり、甘えた声を出してくれるマルチ。

 なでなで……。

「ごめんな、痛かったか?」

「す、少し……」

「…………」

 ぺろっ……。

「ひゃぅっ☆」

「大丈夫、痕は付いてないよ……いつもの可愛いほっぺだ」

「なら、許しちゃいますぅ♪」

 ……がっくん。

「お、おおっ!?」

 いきなり停止する、車。
 驚きつつも窓から外を見ると、すでに式場に到着していて。

「おふたり様、ご案内〜……」

 運転してくれた若い人……HM課の人だろう、俺をすっげぇ目で睨んでて。

「あ……す、すんません」

「浩之さんっ! 早く行かないと遅れちゃいますぅ〜」

 お前が言うな。

「どっ、どうもありがとうございましたっ!」

 マルチのお道具袋を持って……と。

「あの、浩之さんっ」

 バンから降りたマルチが、でかい荷物抱えて一生懸命降りようとしてる俺に
微笑みかけて。

「ん?」

「その、お手々……握ってくださいますか?」

 …………。
 正直、お道具袋で手一杯。

 でも、ここで握らなかったらいつ握るってんだ?

「おう、勿論だっ!」

「わぁい♪」

 ……ぎゅっ。

「それでは、れっつらごーなのですぅ☆」

「お……おうっ!」

 マジでキツい……。
 が、頑張れ俺っ! ここで漢を見せるんだっ!!

 だだだだだっ……。






「はうはうっ、変な匂いがするのですぅ〜」

「マルチちゃん、花嫁さんはお化粧くらいしなきゃ」

「だってぇ、浩之さんは『そんなの必要ない』って言うんですぅ〜」

 だってだってお化粧してると、すりすりの時に嫌そうな顔をされるんですぅ。
 折角すりすりしてくださるんですから、浩之さんにも気持ちよくすりすりを
していただきたいのですぅ。

「いいなあ……じゃなくて、お化粧したらもっと綺麗になって、浩之ちゃんも
マルチちゃんに惚れ直しちゃうんだから!」

「そう……なんですかぁ?」

「そうだよ、絶対。私が保証しちゃうんだから」

「ううっ、あかりさん……ありがとうございますぅ」

「ほら、泣かないで。お化粧が落ちちゃうじゃない」

「はい……」

 あかりさんも、きっと浩之さんを好きな方のひとり。
 それなのに、私の為にこんなにしてくださって……どう感謝すればいいのやら。

「記念写真は任せといてよね〜ん。ふたりの愛のメモリー、ここから始めちゃう
んだから」

「はあ……しかしあの浩之が、思い切ったもんよね」

「…………」

こくこく。

「――――確かに、卒業前にプロポーズされるとは、我が来栖川データ・バンク
をもってしても予測不能でした」

「それ負け犬フラグみたいだからやめて」

「――――はい」

 セリオさんがぴしゃりと封じられるの、珍しいですね。

「でも、みんな浩之の為に集まってお祝いして、ハッピーハッピーだもんネ!」

「ううっ、祝賀パーティに私達まで呼んでいただけるなんて……」

「あんたも苦労人やもんねぇ。家族で楽しんでいきぃや」

「はいっ、ありがとうございます!」

 いえいえ、こちらこそありがとうございます。

「危ない香りが全くしない……藤田先輩のこの縁談、成功する気しかしません!」

「そうです、先輩の幸せを邪魔する輩がいたら、この拳で打ち倒してやります!」

 皆さんがそんな会話をしている間、あかりさんのお化粧もすっかり済みました。

「はーい、皆さん。マルチちゃんの準備が整ったよ〜」

「え、えへー……ちゃんとしたお化粧は初めてなので、ちょっぴり恥ずかしいの
ですう」

「大丈夫、とっても綺麗に出来たから!」

 あかりさんの言葉に押されて前に出ると、皆さんは何故か言葉を失っていて。
 あ、あかりさんを疑うわけじゃありませんが、やっぱり私にはお化粧は似合わ
なかったのでは……?

 ばたむ。

「マルチ……こんなに綺麗にしてもらってよかったな」

 扉が開く音がしたかと思えば、そこには浩之さんの姿が……。

「はわっ!? そ、それは嬉しいですけど、少し恥ずかしいのですぅ……」

「あかりもさんきゅな」

「ううん」

「じゃ、これからが本番だ! みんな頼むぜ!」

『はいっ!』






「汝、健やかなる時も病める時も……」

 神父役は、たっての願いでおっさんが務めることになった。
 ちなみにちゃんとした神父の資格を持っているらしい。意外だが。
 マルチの生みの親が見届け役なんて、ちょっと洒落ているじゃないか。

「誓います」

 食い気味に誓う俺。勿論馬鹿にしているとか軽んじているとかじゃなく、俺
の気持ちの勢いを示したまでだ。

「ではマルチ、汝健やかなる時も病める時も……」

「誓うのですぅ☆」

 ……マルチも同じ気持ちのようだ。
 おっさんは少しだけ寂しそうに、でも嬉しそうに微笑むと、俺に向かって指輪
の交換を促した。

「マルチ……左手を出してくれ」

「はい」

 迷うことなく差し伸べられた左手。
 その薬指に、用意していた指輪をそっとはめてやる。

 マルチは高揚しているのか、紅く染めた頬をゆらゆらしつつ、それでも俺を
捉え放さない視線。
 俺も自然と、ごくりと喉を鳴らしてしまう。

 俺の左手の薬指にも、指輪がはめられた。

「ははっ」

「もう、浩之さんたら。結婚式の最中なんですよ?」

「悪い悪い。でもさ、嬉しくって」

「むふー……私もですよ、浩之さんっ」

 今度こそ、ぎゅうっとマルチを抱きしめてやる。
 今度こそ、少しの取りこぼしもないように。
 もう二度と放さない。

「みんな、ありがとうな!」

「ありがとうございますですぅ!」

 みんなに向けて、高らかに礼を言う俺達。
 そこへ、満場の拍手が贈られてきた。

 ぱちぱちぱちぱち……。

 こんな小僧の俺のわがままを聞いてくれて、ありがとう。
 マルチの願いを聞いくれて、ありがとう。

 そして、俺とマルチの結婚を認めてくれてありがとう……!

「俺達はいい友達と大人に恵まれたな、マルチ」

「はいなのです」

「そのお礼ってわけじゃないけど、マルチ。お前を必ず幸せにしてみせるぜ!」

「はっ、はわ……」

 照れて口をつむぐマルチ。
 その唇をそっと奪い、俺も共に照れてみたりする。

「はっ、はゎ、はゎっ……」

「恥ずかしいか? ああ俺も恥ずかしいさ、何せみんなの前だもんな」

「わ、私っ……キスだけでブレーカーが落ちちゃいそうですう……!」

 それは困る。
 マルチという嫁を自慢する為の結婚式でもあるわけだし。

「じゃあ、マルチがキスをしてくれ。どこにでもどれだけでも、好きなように
していいぞ」

 来賓のみんなの視線が痛い程に突き刺さってくる。
 だが俺の招待である以上、これくらいは覚悟していたに違いない。

「でっ、では……じゅ、じゅてーむ……」

 ちゅ。

「くすぐったい」

「わふ……で、では……」

 ちゅっ、ちゅむ……。

「やっぱりくすぐったい」

 まあキスなんてものはどこにどうしようとくすぐったいに違いないものだ。
 それを真に受けて、工夫しようとするもんだから……可愛くて仕方がない。

「で、では……これでどうでしょうかっ」

 ちゅうっ。

 あ、これはわかる、跡が残るくらい強いやつだ。

「いいぞマルチ、そうやってもっと、俺をお前のものだと刻みつけろ」

「はっ、はいっ」

 ちゅっ、ちゅうっ。

「なんだかいつもよりはいとくかんがつのってたまりませんっ」

 マルチ自身も一杯一杯のようだ。

「そ、そりゃあ……まあな」

 その背徳感の正体を、俺は知っている。
 だが、あえて夢中になっているマルチには教えない。

「浩之ちゃん……?」

「藤田君……どういうことか、説明してくれるかなぁ?」

「いや、これはいつも通りのマルチとの愛情確認であってだな」

 こればっかりは何とも言い訳しようがない。

「ヒロユキ? こんなにダイターンだとは聞いてなかったヨ?」

「まーまーまーヒロったら! 白昼堂々そんな真似しちゃって!」

「先輩……不潔ですっ」

「いやいや、オープンにしてるんだからむしろオーケーだろ」

「いえ、そう言われてもですね……」

 ちゅむちゅむ。

「…………」

 こくこく。

「はあ? 姉さん、流石にそれは斜め上の擁護じゃない?」

「いっ、いえ、綾香さん……私は支持します!」

「――――私も全面的に同意デス」

 彼女らの間で何の合意が成されたのかは知らないが。
 とりあえず、この場をしのぐ隙は出来た。

「みんな大好きだぜ! ありがとうなー!」

『うくっ……』

 その場の空気が微妙におかしくなったような気はしたが。
 俺とマルチは、七研の人達によってその場を退席したのだった。






「はぁ〜あ。疲れたな、マルチ」

「そうですね、今お茶をお持ちします」

 初めて着た礼服を脱ぎつつ、ソファに寝転ぶ俺。
 マルチはまだドレス姿だ。

「いいよ、自分でやるよ。マルチはそれ脱いどけ」

「ええぇ……脱ぐのですかぁ?」

 とぽぽぽぽ……。

「脱がなきゃどうしようもないだろうに」

「いっ、いえ……人生いやロボ生、一世一代の勝負事が待っているのです」

「へえ? 結婚式までしておいて、何を今更?」

 ずずーっ、と。

「そ、それは……」

「それは?」

「新婚初夜なのですう……」

 おっと、俺としたことが。
 まるで日常になっていたせいで、女心の機微とかいうやつをすっかり忘れて
いたぜ。

「そうだな、そうだったな。俺とマルチは新婚さんなんだったな」

「はい、実はそうなのですぅ」

「じゃあ、特別な感じで致さないとな」

「とくっ……べつ、ですか……?」

「ああ、特別だ」

 とはいっても、特にプランはない。
 どうしたもんか、これから考えるところだぜ。

「浩之さんは……何か、ご希望ありますか? その、衣装とか……」

「いや」

 俺はちょっと勿体つけてから、言った。

「花嫁衣裳のマルチがいい」

「はわ……!?」

「今日だけの特別な衣装だもんな」

「はいっ」

「マルチはどうだ? 礼服の俺がいいか?」

「はっ、はいっ……いつもよりキリッとしてて、格好いいのですぅ」

「そうかそうか」

 ぐびりとお茶を飲み終え、半ば放心しているマルチへ近づく、
 怯えるような様子は一切ない、
 それどころか、何かを期待しているような熱い眼差しを送ってきている。

「もう一回誓うぞ」

「はい」

「マルチ、愛してる」

「はっ、はやぁ……私もです、浩之さぁん……♪」

「わかってる。俺達程に相思相愛の夫婦はいないだろうな」

「そんな、夫婦だなんて……もう……」

 結婚式まで挙げといて、俺達以外の誰を夫婦だと呼べばいいんだ?

「じゃあ? マルチもおねだりしてきたことだし? 新婚夫婦の営みを始める
としますかね?」

「はうっ……不覚。既に言質を取られていたのですぅ」

 お前、不覚だらけじゃねえか。
 そんなところも可愛いんだけどな。
 などと思いつつ、マルチのドレスを半分だけ脱がしてゆく、
 レンタルだし汚しちゃ大変だしな、なんて俗なことを考えながら。

「はうぅ〜」

「可愛いぜ、マルチ」

「余計に恥ずかしいのですぅ」

 簡単に脱がせられると思いきや、固いコルセットが立ちはだかった。
 とはいえ、手順を踏んでいけばきちんと脱がせられるわけで……。

「そりゃ」

「はわわっ」

「ようやく脱げたな」

「はう〜」

「可愛らしいな、流石は俺の花嫁だぜ」

「浩之さん……あんまりいぢめないでください……」

 いぢめてなんかいない。ただ、夫として嫁の美しい姿を楽しんでいただけだ。
 まあ、俺も考えがマルチに伝わるわけもないので、直接言うことにした。

「冗談でも何でもない。マルチが可愛いからそう言ったまでさ」

 優しく言いながら、彼女の首筋に手を添える。
 そして髪をかき上げて……。

 ちゅ。

「はわわっ!?」

「悪い、マルチ……もう我慢出来そうにない」

「ひ、浩之さぁん……」

 切なげな視線を向けてくるマルチ。
 折角の新婚初夜だというのに、結果的にいつもと同じことになりそうだ。
 でも。

「ほら、マルチ。俺の身体に刻んだキスマーク、なぞってくれよ」

「はっ、はい……」

 昼間にマルチが俺につけたキスマーク。
 マルチはそれらをひとつひとつ、丁寧な口づけで上書きしてゆく。

「ちゅ、ちゅっ、ちゅむ……」

「……くすぐったいけど、気持ちいい。続けてくれ、マルチ」

「はいっ……んちゅ、ちゅちゅっ」

  何日かは消えない跡になるだろう。
 それでも俺は、マルチにキスマークをつけられることに喜びを感じていた。
 何たって、一番好きな女の子に、自分のものだって権利主張されるんだぜ?

「ちゅ、ちゅちゅ、ちゅっ」

「ありがとうな、マルチ、嬉しいぜ」

「はっ、はい、浩之さぁん……」

 マルチもだいぶ高ぶってきている様子だ。
 これ以上焦らすのも気の毒ってもんだ、

「それじゃあ……これで心置きなく花嫁さんをいただけるって寸法さー!」

「ひゃーんっ♪」






 その日は、これまでにないくらいマルチと愛し合ったのであった。






<終わりですぅ☆>
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